日本の未来を担う水素燃料トラックの技術の実用化までの道

水素普及の牽引役として期待されているのが、燃料電池トラックです。
燃料電池トラックは走行中に地球温暖化の原因とされるCO2を排出せず、水素製造時もCO2を排出させません。
トラックは国内商用車全体のCO2排出量の約7割を占めるというデータがあるため、トラック領域における水素燃料の普及に関心が高まっています。

目次

日本における水素燃料トラックの現状と展望

経済産業省は、水素燃料電池車両の普及に向けた中間案を公表しています。
そして水素燃料トラックの利用を促すために、2030年までに1.7万台程度の車両の供給計画も示しました。
では、日本における水素燃料トラックの現状や今後の展望、課題などを見てみましょう。

参照:モビリティのカーボンニュートラル実現に向けた 水素燃料電池車の普及について|経済産業省

水素燃料トラックの登場背景

水素燃料トラックの導入は、運輸業におけるCO2排出削減の大きなカギになると期待されています。
水素燃料電池大型トラックは、高圧水素タンクに搭載した水素を燃料電池で化学反応させて発電し、その電気でモーターを駆動して走行します。地球温暖化の主な原因とされるCO2は走行中に排出せず、再生可能エネルギーで製造した水素を使えば、水素製造時もCO2が排出されません。

日本でのCO2排出量の内訳として、エネルギー産業が40.5%、製造・建設業が23.5%、運輸業が18%となっています。また、大型トラックは国内商用車全体のCO2排出量の約7割を占めるというデータもあるため、水素燃料トラックの登場の背景としては、CO2排出量を大幅に削減する役割を担っていることがわかります。

それに伴って、水素ステーションのインフラ整備が必要になります。基本的に大型トラックは高速道路を中心に走行するので、高速道路または幹線道路沿いに水素ステーションが求められます。水素ステーションのインフラが十分に整備され、水素燃料がたくさん消費されるようになれば、水素の価格が下がるという期待もこめられています。

参照:日本の部門別二酸化炭素排出量2021年度| JCCCA 全国地球温暖化防止活動推進センター

日本の主要企業による開発動向

水素燃料電池を搭載する大型商用車については、トヨタ自動車・日野自動車・いすゞ自動車・ホンダなどで開発が進められています。
トヨタ自動車、日野自動車にいすゞが参画するCJPTでは中・小型の燃料電池トラックも開発中ということです。

また、トヨタ自動車と日野自動車が共同で開発した水素燃料トラックは、水素を貯蔵する70MPaの高圧水素タンクを専用に開発し、キャビンと荷室の間に2本、前輪と後輪の間に左右それぞれ2本ずつ前後方向に並べて搭載しており、大型トラックでは高圧水素タンクは全部で6本(約50kg)搭載されます。
これにより、航続距離は600km以上を見込んでおり、600kmあれば東京〜名古屋間相当の距離を、水素ステーションに寄って充填することなく走れることになります。

そして水素燃料電池は特に長距離輸送に利用されるトラックに向いています。電気自動車(EV)の場合、航続距離を伸ばすために電池の搭載量を増やせば貨物積載可能量が減ってしまい、さらに充電時間も長いという問題があります。

一方で、水素燃料トラックであれば、短時間で燃料を充填できる上、約600〜800kmもの長距離を走れます。
現在、各主要企業が水素燃料トラックの共同研究契約を結んでおり、水素燃料電池の大型トラックへの適合性や基礎的な技術などを研究しています。

参照:いすゞ、2027年導入予定の燃料電池大型トラック向け燃料電池システムの開発および供給パートナーをHondaに決定 | いすゞ自動車

燃料電池大型トラックの走行実証を2022年春頃より開始 | ニュース・お知らせ | 日野自動車株式会社

水素燃料トラックの技術的特徴と環境への影響

水素燃料は、環境負荷の大きな化石燃料の代替として注目を集める次世代の再生可能エネルギーです。
電気自動車と比べて、貨物積載可能な量や充填時間などのメリットが多いため、続々と導入を検討する物流会社が増えています。

燃料電池と高圧水素タンクの役割

タンク内の「水素」と空気中の「酸素」を化学反応させ発電した電力で走る水素燃料電池。
2020年にトヨタ自動車が発売した「2代目MIRAI」は1回の水素充填で走れる航続距離を延ばすために、初代MIRAIよりも1本多い3本の高圧水素タンクを搭載しています。
豊田合成が20年以上にわたり培った高圧水素タンクの技術を生かして、車両後部に搭載されるタンクの生産を担っています。

まず高圧水素タンクの役割として、水素を効率的に貯蔵することが挙げられます。
密閉性と耐圧性を高めるため3層構造としており、一番内側の層である「樹脂ライナ」は分子が小さく物質を通り抜けやすい水素の透過を抑える、特殊な分子構造を持った樹脂製のカプセルで、ここに水素ガスを700気圧まで圧縮可能にして貯蔵します。

2代目MIRAIの高圧水素タンクはトヨタ自動車と豊田合成が共同で開発し、耐圧層の構造の工夫により、耐圧強度を保持しながら、厚みのある耐圧層を極小化して内容体積を増やし、水素の貯蔵効率を約1割も向上させました。
また、コンピュータを用いたシミュレーション技術を活用し、樹脂ライナも材料と工法を見直して気密性を高め薄肉化しています。

参照:FCEVの普及を支える技術。高圧水素タンクで脱炭素に挑む。 | 豊田合成株式会社

航続距離と環境負荷削減

現在、トヨタ自動車と日野自動車が共同開発している水素燃料トラックで、航続可能距離は約600km。環境性能と商用車としての実用性を兼ね備えています。

ちなみに、一般的なディーゼルエンジン搭載の大型トラックは、燃料タンクが300Lの一つか二つなので、燃費2.5km/Lと仮定して、おおよそ750km〜1500km程走行できます。

一方、電気(EV)タイプの大型トラックは、走行可能距離150〜300km程度のものが多く、今後登場する最新モデルであっても500kmが限度といいます。
さらに、EVタイプの場合は充電に大幅な時間がかかることを考えると、航続距離が約600〜800kmと長く、タンク式ですぐに充填できる水素燃料電池式のトラックに大きなメリットがあるといえます。

また、地球に優しい移動手段として注目を集める水素燃料トラックですが、水素の製造方法や水素エンジンの種類によっては、環境に負荷を与えてしまう可能性には注意が必要です。

例えば、水素の製造方法にはさまざま種類がありますが、化石燃料を用いた場合は水素生成時に大量のCO2が大気中に排出されます。このような化石燃料由来の水素燃料はグレー水素と呼ばれます。現在、工業用途で使用されている水素の99%はグレー水素と言われています。

その一方で、再生可能エネルギー由来の水素はグリーン水素と呼ばれ、環境負荷もかなり抑えられますが製造コストの高さが課題となっています。国際エネルギー機関の報告によると、天然ガスから製造するグレー水素の費用は1kgあたり0.5〜1.7ドルである一方で、グリーン水素は3〜8ドルと割高です。
そのため、水素燃料電池の普及に向けては、製造時及び走行時における環境負荷の低減を念頭に考えるべきでしょう。

参照:航続距離はディーゼル車並み? 米国メーカーが液体水素+燃料電池トラックで870kmの商用輸送に成功!

水素エンジン大型トラックの登場とその可能性

前述のとおり、水素を使用した水素燃料電池自動車が脚光を浴びていますが、最近では中型および大型トラックを中心に「水素エンジン」を搭載した水素自動車への関心も高まっています。

新たな選択肢-水素エンジンの登場

「水素燃料電池」は燃料電池内で水素と酸素を化学反応させ電気生成し、その電気でモーターを稼働させる仕組み。
それに対して「水素エンジン」は、軽油やガソリンの代わりに水素と酸素の燃焼反応を活用してエネルギー生成して動力源としています。2つに共通する特長としては「従来の化石燃料と比べて走行中の環境負担が少ない」「エネルギー資源が枯渇しない」という点です。

また、エンジンに高負荷がかかっているときに稼働効率が高くなることから、貨物を多く積む大型トラック用として水素エンジンの開発が進んでいます。

水素を燃料とする技術をエンジンに取り入れた、水素エンジントラックを走行させ、走行性能や燃費を調べる実証実験が、2023年11月に東京都内などで行われました。

この技術は、山梨県昭和町に研究施設がある都内企業が開発したものであり、具体的にこの実証走行試験では、羽田空港から東京ディズニーランド周辺ホテルの固定ルート間のピストン輸送を、旅行者荷物などの運送業務に水素エンジン搭載トラックを使用して実行されました。

この走行試験は約3か月間実施し、一般道並びに高速道路での走行実験、隣接水素ステーションでの水素燃料の充填作業、実貨物の集荷・配達を行うということ。
現時点で水素エンジンの燃費は、ディーゼルエンジンとほぼ変わらないことなどは分かっており、この実証走行実験によって、安全性・出力・燃費・耐久性などが検証され、水素エンジン搭載トラックの普及が物流かつ産業領域における脱炭素化の早期実現に貢献するかを確かめるということです。

参照:水素エンジン開発の 「水素エンジントラック実証走行」出発式を開催

技術的課題と今後の発展

実証実験などで水素エンジンのポテンシャルへの期待が高まっている一方、普及拡大化に向けた課題もあります。

最大の課題の一つに「インフラ整備」が挙げられます。ガソリンスタンドやEV充電スタンドと比べると、現在水素ステーションの設置数はまだまだ少なく、今後利用者がアクセスしやすい環境の整備が不可欠です。
その他に、「着火性が高いため安全性の確保が必要」「エネルギー密度が低く、燃費が悪い」という課題も指摘されています。また水素エンジンは走行中にCO2と有害物質である窒素酸化物を微量ながら放出するので、環境負荷に対する配慮も必要になります。

このような課題解決に取り組む中、多くの企業が水素エンジンの技術開発を加速させています。

ホンダ自動車(日本)
ホンダは二輪車などを対象とする小型水素エンジンの普及に向け、研究活動を進めています。目標は、出力20〜100kw程度で高回転域までカバーできる小型水素エンジンの製品化であり、2023年5月にはスズキ、川崎モータース、ヤマハと合同で「水素小型モビリティ・エンジン技術研究組合」の設立許可を取得しています。

広州汽車集団(中国)
中国の大手自動車メーカー・広州汽車集団は水素エンジンを搭載した試作車(乗用車)を2023年6月に発表しました。1回の水素補充で600km近く走行できるとされていて、今後事業化するときには、まず大型トラック向けの水素エンジンから実用化していく方針であることを明示しています。

水素エンジンの将来性については「ディーゼル車やEVほど広範囲に普及しない」という消極的な意見がある一方、トラックを含む大型商用車や海上輸送分野などにおける活用が広がることは期待されています。

インフラ整備によっては水素の普及が一気に加速するなど、水素社会実現の可能性は十分あると考えられています。市場調査によると、2035年には水素エンジン車の販売台数が22万台に達する見込みです。

参照:水素自動車市場 : 世界の市場規模と需要、シェア、トップ傾向とメーカーレポートの洞察と将来予測調査

水素社会の実現に向けた課題と可能性

2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、CO2を根本的に削減しなければなりません。
その解決策の1つとして、世界でも有望視されているのが水素。
水素は利用時にCO2を排出せず、さまざまな資源から生成できるため、エネルギー枯渇の心配もありません。

水素ステーションのインフラ整備

水素社会実現に向けて、水素そのものや水素供給コスト、水素ステーションのインフラ整備費用が高いことが課題とされています。
2021年度、水素ステーション整備費は約3.3億円であり、超高圧水素対応の蓄圧器や圧縮機が高額化の一因となっています。

水素自動車が普及実用化される前に、水素燃料利用のためのインフラが整っていなければ、利用者には不便であり導入動機にはマイナス面しかありません。日本の水素ステーションは2022年8月時点で整備中を含めると全国で178箇所ありますが、ガソリンスタンドやEVステーションに比べるととても少ない数です。
水素燃料は液体水素が必要な場合もあるため、インフラ整備もゼロからスタートという可能性があります。また、2021年の水素ステーション整備の補正予算は60億円、2022年には90億円に上がっています。

そして水素燃料大型トラックの普及のために、バランスのよい水素ステーション等のインフラ整備が不可欠ですが、今後はSS(サービスステーション)や高速道路SA・PA等の限られたスペースをめぐり、EVとの競合や衝突も生じ得るでしょう。

参照:モビリティ分野における⽔素の普及に向けた中間とりまとめ|経済産業省
経済産業省『モビリティのカーボンニュートラル実現に向けた 水素燃料電池車の普及について』

水素燃料の普及と社会実装

これまでは一部の工業分野のみで燃料として使われるだけだった水素。
しかし技術の進歩により製造・輸送・利用が現実的になり、社会全体で水素を利用できる一歩手前まで来ています。

2050年カーボンニュートラルに向けて、このトラックを含めた自動車分野の大幅なCO2排出削減は必要不可欠です。まずは水素ステーションを各拠点に整備すればトラックやバスから普及し始め、水素インフラ整備が整っていくのと並行して一般車両にも普及していけば、EV等と合わせて日本全体のCO2排出量削減に大きく貢献すると期待されます。

現段階で燃料電池自動車の普及台数はまだ限定的です。次世代エネルギーの活用や環境保護という観点において、さらなる普及が見込まれますが、水素燃料電池自動車の普及には超えるべき壁が多いことは正直なところでしょう。
しかし水素燃料自動車は環境にやさしく、一度の充填で約600〜800kmもの長距離走行が可能などのメリットがあり、また購入に関しては国や自治体などの補助制度を活用することもできます。
一方で新しい技術が搭載されている自動車ということもあり、車両価格はガソリン車に比べるとかなり高い傾向にあります。

燃料となる水素の製造コストも政府が期待しているほどには抑えられていないことも鑑みると、まだ普及実用化には時間がかかるかもしれません。
しかし、前述のように環境問題やエネルギー課題をクリアできる可能性を秘めているため、世界の様々なベンチャーなども水素燃料電池の開発を進めており、近い将来画期的で安定したシステムが生まれるとも期待されています。

参照:経済産業省「水素を取り巻く国内外情勢と水素政策の現状について(2022年6月23日 資源エネルギー庁)」

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

環境課題とAIなどの先端技術に深い関心を寄せ、その視点から情報を発信する編集局です。持続可能な未来を構築するための解決策と、AIなどのテクノロジーがその未来にどのように貢献できるかについてこのメディアで発信していきます。これらのテーマは、複雑な問題に対する多角的な視点を提供し、現代社会の様々な課題に対する理解を深めることを可能にしています。皆様にとって、私の発信する情報が有益で新たな視点を提供するものとなれば幸いです。

目次