カーボンフットプリントは、製造・流通など一連のプロセスで排出される温室効果ガスの排出量を見える化する仕組みです。この記事では、物流業界におけるカーボンフットプリントの定義、現状の課題や具体的な施策について解説します。また、実際の成功事例もあわせて紹介します。
カーボンフットプリントとは?
まず、カーボンフットプリントの基本概念、物流業界におけるCO2排出の現状とその課題について解説します。
定義と重要性
カーボンフットプリントとは、商品・サービスの原材料調達から廃棄・リサイクルの過程において排出された温室効果ガスを、CO2量に換算し表示する仕組みです。CO2の排出量が「見える化」されるため、消費者が脱炭素商品を選んで購入できるようになります。
2050年のカーボンニュートラル実現という世界的な目標が掲げられる中、各国では積極的にカーボンフットプリントを推進しています。2007年にはイギリスが世界に先駆けて導入し、その後フランスやドイツ、韓国などでも次々と取り組みが始まりました。日本でも2023年3月31日に環境省と経済産業省が「カーボンフットプリント ガイドライン」を公表し、普及推進を行っています。
カーボンフットプリントの普及が進めば、消費者と事業者両方においてCO2排出を抑制でき、削減の相乗効果が見込めます。
物流業界の現状と課題
国土交通省によると、2021年の国内のCO2排出量は10億6,400万トンでした。そのうち運輸部門の排出量は1億7,600万トンで、全体の16.7%を占めています。これは、産業部門に次いで二番目に多い割合です。(※1)
加えて、運輸部門における輸送機関別の排出量の割合を見ると、最も多いのが貨物車・トラックで39.8%(7,400万トン)、マイカーが29.3%(5,400万トン)でそれに続いています。(※2)
これらの結果からも、物流業界全体でCO2排出量の削減に取り組まなければなりません。具体的には、CO2の排出を抑えられる代替燃料や車両の電動化などが必要ですが、技術やインフラの整備の遅れといった課題も解消していく必要があります。
※1,2) 2021 年度(令和3年度)の温室効果ガス排出・吸収量(確報値1) について
物流業界の脱炭素化戦略
脱炭素化の実現に向け、現状必要とされているサプライチェーン全体でのCO2排出量把握、削減施策とその影響について解説します。
スコープ3の排出量対応
カーボンフットプリントでサプライチェーン全体のCO2排出量が可視化できたら、実際に削減のための施策を打っていく必要があります。サプライチェーン排出量は、国際組織「GHGプロトコル・イニシアチブ」が定めるCO2算定基準によって、以下のスコープ1〜3に分類されます。
スコープ1:自社で直接排出する量
スコープ2:他社から供給された電気などの使用に伴う間接排出量
スコープ3:1、2以外のサプライチェーン排出量全て
国際非営利団体CDPのグローバルサプライチェーンレポート 2022によると、スコープ3の排出量は、自社活動(スコープ1+スコープ2)の排出量の11.4倍にもなるとされています。(※3)
スコープ1と2については各事業者で対応可能ですが、スコープ3の削減は外部組織との連携が必要なため取り組みが進んでいないのが現状です。その一方で、GHGプロトコル・イニシアチブをはじめ、第三者機関からのスコープ3の開示要求は日に日に高まっており、対応が求められています。
※3)CDP 拡大するスコープ: サプライチェーン全体におよぶ ネイチャーへの取り組み グローバルサプライチェーンレポート 2022
効率化とCO2削減の相互作用
物流業界がスコープ3を含めたCO2削減に取り組むうえで重要なのが、物流の効率化です。中でも、輸送網の集約・共同配送によって効率的な輸送を可能にし、CO2の削減を図る取り組みが業界全体で進んでいます。
昨今では、消費者ニーズの多様化により配送が小口化・多頻度化しており、物流の現場では複雑な対応が求められています。そこで、複数の運送企業や事業所が連携して取り組んでいるのが、輸送網の集約・共同配送による運送の合理化です。
共同配送については、関連省庁も活発に取り組みの支援を行なっています。2022年には、経産省の支援の元、大手コンビニ3社(セブン‐イレブン、ファミリーマート、ローソン)の地方における共同配送の実証実験が行われました。この取り組みにより、運行トラック数の削減、それにともなうCO2排出量の削減を図るとしています。
物流の効率化が進めばコスト削減にもなり、各企業がCO2削減に取り組む契機となり得ます。
実践的な削減施策と事例
物流センターと配送における具体的なCO2削減策には、ほかにどのようなものがあるでしょうか。実際の成功事例を交えて解説します。
具体的な削減施策
輸送においてCO2削減効果が高い施策として期待されているのが、モーダルシフトです。
モーダルシフトとは、従来トラックなど自動車だけで行われていた貨物輸送を、CO2排出量が少ない鉄道や船舶へ組み換える取り組みです。転換拠点が増えるためコストがかかるという課題もありますが、カーボンプライシングの導入によって排出抑制・低炭素技術への投資が進めば、その点もカバーできます。
次世代自動車の導入や車両のEV化も削減施策の1つです。実際に、電動モーターや電池で駆動するCO2を排出しないEVトラックへの移行が国内でも進んできています。一方で、コストの問題や充電スポットが少ないなどの課題もあり、解消していく必要があります。
国内外の成功事例
ネスレ日本は、自社のトラック配送ルートと他社の鉄道輸送網に着目し、JR貨物・全国通運・中越通運・鹿島臨海鉄道・鹿島臨海通運の5社と物流を共同化しました。これまで空回送していたコンテナを有効活用できるようになった結果、トラックの稼働台数が減り、88%のCO2排出削減を実現しています。(※4)
海外に目を向けると、スイスでは環境配慮の観点から、国をあげてモーダルシフト移行への取り組みを推進しています。1994年には、アルプス山脈を縦断する貨物輸送を鉄道交通に移行させる「アルパインイニシアチブ」が国民投票で可決されました。この一環として行われたトラックへの課税などの政策によって、現在では輸送手段全体に占める貨物列車の割合は70%を超え、トラック台数は減少し続けています(※5)。
※4)経済産業省 カーボンニュートラル時代、新しい物流
※5)スイス交通省 アルプスを通る貨物輸送:25年間で最も高い鉄道の割合
持続可能な物流への未来
脱炭素社会に向けて、物流業界では新たなテクノロジーとイノベーションの創出が期待されています。そのために必要とされる政策や、今後の市場動向など将来の展望をみていきましょう。
テクノロジーとイノベーション
AIや機械学習による配送ルートの最適化は、ラストワンマイルの非効率性を抑制するために不可欠です。物流のDX化によって、環境にやさしい短距離配達が可能になり、配達者が優先順位をつけられるようになります。
また、ジオコーディングも、燃費悪化やCO2排出の問題を解消できる技術として注目されています。ジオコーディングとは、特定の住所や地域の地図情報を緯度・経度情報(ジオコード)の地理座標値に変換するシステムです。ジオコーディングによって、地図検索における正確な住所情報の取得が可能になります。
ほかにも、AIを利用した物流管理ツールによる積載容量の最適化、配達回数の削減などテクノロジーの貢献が求められるシーンは枚挙に暇がありません。
政策と市場の役割
民間事業におけるイノベーションを期待するとともに、国内における法規制などの政策も重要な意味を持ってきます。2023年には、省エネ規制法が改定され、輸送における非化石エネルギーを含むすべてのエネルギー使用の合理化と、非化石エネルギーへの転換が盛り込まれました。
加えて、先述したスイスの事例のように、トラック輸送の制限や鉄道輸送の活用、内航海運の優遇などの政策も同時に検討していく必要があります。
物流の需要は、昨今のEC市場の活況にともない、今後もさらなる拡大が予想されます。いかに経済成長と両立させながら、環境に配慮した輸送を行っていけるが重要な鍵になるといえるでしょう。
具体的なものを一つ挙げるとすれば、物流コストの削減と環境対策の両立です。一見相容れないようにみえますが、たとえば燃費に配慮した運転方法である「エコドライブ」では、燃費が1〜2割改善できるとされています。経済と環境の両立には、一人ひとりの心がけも重要だといえるでしょう。