近年、地球温暖化対策として、世界中で脱炭素化の取り組みが進められています。特に、トラックやバスなどの大型車両は、CO2排出量が多いため、その対策が急務となっています。そのような状況の中、注目されているのが「アンモニア燃料」です。
アンモニアは燃焼時にCO2を排出しないため、次世代のクリーンエネルギーとして期待されています。また、水素を効率的に運ぶ「水素キャリア」としての役割も期待されており、脱炭素社会実現のキーテクノロジーとなる可能性があります。
この記事では、大型車両におけるアンモニア燃料の可能性と課題、国内外の導入事例、そして未来への展望について、企業関係者の方だけでなく、一般の方にも分かりやすく解説します。アンモニア燃料が、大型車両の脱炭素化にどのように貢献できるのか、一緒に見ていきましょう。
なぜ注目?大型車両におけるアンモニア燃料の可能性
世界中で脱炭素化が加速する中、大型車両の分野では、アンモニア燃料が新たな解決策として大きな注目を集めています。電気自動車(EV)や水素燃料電池車も開発されていますが、なぜアンモニアがこれほどまでに期待されているのでしょうか?
アンモニア燃料の基礎知識とそのメリット
アンモニア(NH₃)は、窒素原子1つと水素原子3つで構成される無色の気体で、ツンとした刺激臭があります。主に肥料の原料や工業用として広く使われていますが、近年では、燃やしてもCO2を排出しないという特性から、新しいエネルギー源として注目されています。
アンモニア燃料が注目される理由は、主に以下の3点です。
1,CO2排出ゼロ: アンモニアは燃焼してもCO2を一切排出しません。これは、従来の化石燃料(石油や天然ガスなど)とは大きく異なる点であり、地球温暖化対策に大きく貢献できます。
2,水素キャリアとしての役割: アンモニアは、水素を安全かつ効率的に貯蔵・運搬する手段(水素キャリア)としても期待されています。水素は、燃焼時に水しか排出しないクリーンなエネルギーですが、気体として貯蔵・運搬するには、高圧タンクや極低温の液体にする必要があり、コストや技術的な課題があります。一方、アンモニアは常温で液体にすることができ、既存のインフラを活用して比較的容易に貯蔵・運搬できます。
3,安全性: アンモニアは、毒性はありますが、適切な取り扱いをすれば安全に利用できます。また、引火点は651℃と高く、軽油(引火点50~80℃)などと比べても、爆発や火災のリスクは低いと考えられています。
大型車両におけるCO2排出の現状と課題
私たちの生活を支える物流に欠かせないトラックやバスなどの大型車両は、実は多くのCO2を排出しています。
国際エネルギー機関(IEA)の報告によると、世界のCO2排出量のうち、約25%が輸送部門によるもので、その中でも大型車両が大きな割合を占めています。大型車両は、1台あたりのCO2排出量が乗用車に比べて非常に多く、例えば、ディーゼルトラック1台が年間に排出するCO2は、乗用車の数十台分に相当すると言われています。
大型車両の脱炭素化が進まない主な理由は、以下の3点です。
1,航続距離の問題: 電気自動車(EV)は、1回の充電で走行できる距離が短く、長距離輸送には不向きです。
2,充電・水素充填時間: EVの充電や水素燃料電池車の水素充填には時間がかかり、輸送効率が低下します。
3,車両価格: EVや水素燃料電池車は、従来のディーゼル車に比べて車両価格が高く、導入コストが大きな負担となります。
これらの課題を解決する新たな選択肢として、アンモニア燃料が注目されています。
大型車へのアンモニア燃料導入事例
アンモニア燃料は、大型車両の脱炭素化を実現する新たな手段として、世界中で注目を集めています。すでに、海運業界や自動車メーカーなどが、アンモニア燃料を活用した船舶やトラックの開発・実証実験を進めています。
ここでは、国内外の企業による具体的な取り組みと、アンモニア燃料導入によるCO2削減効果について紹介します。
国内外の企業による具体的な取り組み
脱炭素化への取り組みが加速する中、世界中の企業がアンモニア燃料の導入に積極的に取り組んでいます。
ジャパンエンジンコーポレーション(J-ENG):
J-ENGは、2023年5月に、世界で初めて大型低速2ストロークエンジンでのアンモニア混焼運転試験に成功しました。この試験では、アンモニアを主燃料とし、少量の助燃剤(燃料油)を混合して燃焼させることで、安定した運転を実証しました。現在も、さらなる技術開発が進められており、2026年頃の実用化を目指しています。
いすゞ自動車・日野自動車・トヨタ自動車・CJPT:
これらの企業は共同で、アンモニアを直接燃焼させるのではなく、水素を取り出して燃料電池に供給するFC(燃料電池)小型トラックを開発しています。2023年には市場導入が開始され、現在も普及が進んでいます。
A.P.モラー・マースク(デンマーク):
世界最大級の海運会社であるマースクは、住友商事などと協力し、米国東海岸の主要港であるサバンナ港で、船舶向けのグリーンアンモニア(再生可能エネルギーを使って製造されたアンモニア)燃料供給事業の開始に向けた検討を進めています。
導入によるCO2削減効果の実測値
アンモニア燃料の導入は、CO2排出量の大幅な削減に貢献することが期待されています。
アモジー(Amogy)(アメリカ):
Amogyは、アンモニアを燃料とする大型トラックを開発し、2023年に米国で試験走行を実施しました。このトラックは、車両内でアンモニアを水素に分解し、その水素を燃料電池に供給して走行します。試験走行では、約900kmの走行に成功し、従来のディーゼル車と比較してCO2排出量を最大90%削減できる可能性があることが示されました。
IHI株式会社(日本):
IHIは、ガスタービン発電向けにアンモニア燃料の活用を研究しており、その技術を大型車両に応用することを検討しています。同社の試算では、55万kW級のガスタービンで年間110万トンのCO2削減が可能であり、これは大型トラック数十万台分のCO2排出量に相当します。
MAN Energy Solutions(ドイツ):
MAN Energy Solutionsは、船舶向けのアンモニア燃料エンジンを開発しており、2025年までに商用車向けエンジンの試験を実施する予定です。将来的には、大型トラックやバスなどの陸上輸送分野での活用も視野に入れています。
これらの実測値や試算は、アンモニア燃料が大型車両の脱炭素化に大きく貢献できる可能性を示しています。
アンモニア燃料導入における課題と展望
アンモニア燃料は、CO2を排出しない次世代エネルギーとして期待されていますが、大型車両への導入には、技術面、コスト面、インフラ面での課題が残されています。
ここでは、アンモニア燃料の普及を阻む課題と、それを解決するための道筋、そして将来の展望について解説します。
技術面・コスト面でのハードルと解決策
1. 燃焼技術とエンジンの最適化:
アンモニアは、軽油やガソリンに比べて燃えにくい性質(燃焼速度が遅い、発熱量が低い)があります。そのため、従来のディーゼルエンジンをそのまま使うことはできません。しかし、ジャパンエンジンコーポレーションのように、アンモニアと少量の助燃剤を混ぜて燃焼させる「混焼」技術や、アンモニアを分解して水素を取り出し、燃料電池に供給する技術などが開発されています。将来的には、アンモニアを100%燃料とするエンジンの開発も目指されています。
2. NOx(窒素酸化物)排出の問題:
アンモニアは、燃焼時にNOx(窒素酸化物)を排出する可能性があります。NOxは、大気汚染や酸性雨の原因となるため、排出量を抑える必要があります。現在、触媒を使ってNOxを無害な窒素と水に分解する技術や、燃焼方法を工夫してNOxの発生を抑える技術などが開発されています。
3. 車両価格と燃料コスト:
現時点では、アンモニア燃料に対応した大型車両は開発段階であり、量産化されていません。そのため、車両価格は高額になることが予想されます。また、アンモニアの製造コストも、従来の化石燃料に比べて高いため、燃料コストも課題となっています。
しかし、技術開発が進み、量産化が進めば、車両価格は下がることが期待されます。また、再生可能エネルギーを使って製造する「グリーンアンモニア」の普及によって、燃料コストも下がっていく可能性があります。
インフラ整備と政策支援の現状と今後の展望
アンモニア燃料を大型車両に導入するためには、燃料を供給するためのインフラ整備が不可欠です。現在、日本では、主に石炭火力発電所でのアンモニア利用を想定したインフラ整備が進められていますが、大型車両向けの供給拠点はほとんどありません。
しかし、政府は、2024年に「アンモニア燃料の市場拡大を目的とした拠点整備支援」を開始する予定であり、今後は、大型車両向けの供給拠点の整備も進んでいくと予想されます。また、アンモニアの輸送には、既存のLNG(液化天然ガス)のインフラを活用できる可能性があるため、比較的早期にインフラ整備が進むことも期待できます。
さらに、政府や自治体による支援策も重要です。例えば、アンモニア燃料車の導入に対する補助金制度や、税制優遇措置などが考えられます。これらの支援策によって、企業は導入コストを抑えることができ、アンモニア燃料車の普及が加速することが期待されます。
三菱造船が開発したアンモニア燃料供給装置の普及を後押しするため、政府は補助金制度の導入を検討しています。このような技術開発支援や導入補助が拡充されれば、商業利用の実現がさらに近づくでしょう。
将来的には、技術開発の進展、インフラ整備の拡大、そして政府の支援策によって、大型車両におけるアンモニア燃料の導入が進み、脱炭素化に大きく貢献することが期待されます。



