タ毎日の運行前に行うトラックの日常点検。「面倒だな」と感じる運転者も多いかもしれませんが、この習慣こそが安全運行の要となります。単なる決まりごとではなく、自分自身や他の道路利用者の命を守る大切な作業なのです。
なぜトラックの日常点検は重要なのか?
トラックの日常点検が重要な理由は、大きく分けて安全面と法的な側面があります。まず安全面から見てみましょう。
安全運行と事故防止への貢献
想像してみてください。高速道路を走行中に突然ブレーキが効かなくなったら、タイヤがバーストしたらどうなるでしょうか。トラックのような大型車両の場合、一度事故が起これば被害は甚大になります。
日常点検の最大の目的は、こうした事故を未然に防ぐことです。ブレーキの効き具合やタイヤの状態、各種ランプの点灯状況を運行前にチェックすることで、走行中に起こりうるトラブルを早期に発見できます。
特に高速道路での車両故障は、後続車による追突事故や大規模な交通渋滞を引き起こす可能性があります。「たった数分の点検で大事故を防げる」と考えれば、その価値は計り知れません。
また、日常点検は車両の寿命を延ばす効果もあります。エンジンオイルの状態や冷却水の量、各種ベルトの張り具合を定期的にチェックすることで、部品の劣化を早期に発見し、大きな故障になる前に対処できます。これは車両という貴重な経営資源を最大限に活用することにもつながります。
人間の健康診断と同じように、車両も日々の「体調チェック」が必要です。小さな異常を見逃さないことが、長期的な安全と経済性の両方を実現する鍵となるのです。
企業にとっても、事故は直接的な損害(修理費、賠償金など)だけでなく、社会的信用の失墜という長期的なダメージをもたらします。日常点検の確実な実施は、企業が安全に真剣に取り組んでいることを示す重要な証拠となります。
法律で定められた運転者の義務
日常点検は法的な義務でもあります。道路運送車両法第47条の2では、自動車の使用者に対して適切な時期における日常点検の実施を明確に義務付けています。
この法律に基づき、事業用自動車の運転者は原則として1日1回、運行開始前に日常点検を行う必要があります。これは単なる推奨事項ではなく、法的な責任なのです。
運送事業者には整備管理者の選任が義務付けられており、整備管理者は運転者に対して点検の重要性や具体的な方法について適切な教育を行う責任があります。運転者から点検結果の報告を受け、車両が安全に運行できる状態かどうかを最終的に判断するのも整備管理者の重要な役割です。
この一連のプロセスは、組織全体で安全を確保するシステムの一部として機能しています。個人の責任と組織の管理体制が連携することで、より確実な安全管理が実現されるのです。
これだけは押さえたい!日常点検の具体的な手順
日常点検を効果的に行うためには、どこをどのように確認すべきかを正しく理解することが大切です。点検は大きく「車両の周囲と足回り」「エンジンルーム」「運転席」の3つのエリアに分けて行います。
車両の周囲と足回りの確認項目
まずは運転席に座る前に、車両の周りを一周しながら外観をチェックしましょう。
車体に大きな損傷や変形がないか、ガラスやミラーに割れや緩みがないかを確認します。マフラーの損傷や排気漏れの有無も重要なチェックポイントです。
灯火装置の点検では、ヘッドライト、テールランプ、ブレーキランプ、ウインカー、ハザードランプなどが正常に点灯・点滅するかを確認します。レンズ部分の汚れや破損もチェックしましょう。ウインカーの点滅速度が異常に速かったり遅かったりしないかも重要です。これらのランプ類は、他の車両や歩行者とのコミュニケーション手段として欠かせません。
特に重要なタイヤの点検
タイヤは車両と路面の唯一の接点であり、最も重要な保安部品の一つです。以下の項目を必ずチェックしましょう。
空気圧の確認:タイヤゲージを使って各タイヤの空気圧を測定します。測定はタイヤが冷えている状態で行うのが基本です。空気圧が適正でないと燃費が悪化し、偏摩耗やバーストの原因となります。
亀裂・損傷・異常摩耗のチェック:タイヤの接地面全体と側面を目視で確認します。亀裂、切り傷、ピンチカットなどの損傷がないか、一部分だけが極端に摩耗する偏摩耗がないかを注意深く観察しましょう。釘や石などの異物が刺さっていないかも確認が必要です。
溝の深さの確認:タイヤの溝が十分な深さを保っているかをチェックします。溝が浅くなると雨天時のスリップリスクが高まります。スリップサインが出ていないか確認しましょう。
ホイールナットの緩み:ホイールを固定しているナットに緩みがないかを確認します。大型トラックでは点検ハンマーで軽く叩いて音や振動で緩みをチェックする方法が推奨されています。
エンジンルームと運転席での確認項目
車両の外回り点検が終わったら、次はエンジンルームと運転席の点検に移ります。
エンジンルームの確認
多くのトラックではキャブを前方に倒してエンジンルームにアクセスします。
エンジンオイル:レベルゲージでオイルの量が適正範囲内にあるか、色や粘度に異常がないかを確認します。オイルが不足している場合は適切な種類のオイルを補充しましょう。
冷却水:リザーバータンクの目盛りで冷却水の量をチェックします。冷却水はエンジンのオーバーヒートを防ぐ重要な役割を担っています。
ファンベルト:ベルト類の張り具合(中央部を指で押してたわみ量を確認)や、亀裂、損傷がないかを目視で確認します。
バッテリー液:バッテリー本体の液量レベル表示で、バッテリー液が規定範囲内にあるかを確認します。不足している場合は精製水を補充します。
これらの液量管理は、人間の血液やリンパ液のように車両が正常に機能するために不可欠です。不足や劣化が進行すると、エンジン焼き付きやオーバーヒートなど深刻な事態を招く可能性があります。
運転席での確認(エンジン始動前・後)
エンジンルームの点検が終わったら、運転席で各種装置をチェックします。
・エンジン始動前の確認
ブレーキペダルを踏み込み、床板との隙間(踏みしろ)が適切か、踏み込んだ際の感触に異常がないかを確認します。踏みごたえが通常と異なる場合は、ブレーキ液の漏れやエアの混入が考えられます。
ブレーキ液量、パーキングブレーキの引きしろ、ウインドウォッシャー液とワイパーの作動状況も併せてチェックしましょう。
・エンジン始動後の確認
エンジンがスムーズにかかるか、始動時やアイドリング中に異音がないかを確認します。エンジンが温まった状態でアイドリング回転が安定しているか、アクセルを踏んだ際の回転上昇がスムーズかもチェックします。
メーターパネル内の各種計器類の作動状況と警告灯の異常点灯がないかも重要な確認項目です。
・エアブレーキ装備車での特別な点検
エアブレーキを装備したトラックでは、エアタンク内の空気圧が規定値まで上昇するか、ブレーキバルブからの排気音が正常か、エアタンクの凝水排出なども必要です。
これらの点検項目は、車両がドライバーにその状態を伝える「言葉」を正常に発しているかを確認する作業と言えます。異音の確認や踏みごたえの確認など感覚的な点検項目もあるため、経験の浅い運転者には丁寧な教育が重要になります。
点検後の記録と管理のポイント
日常点検は実施するだけでなく、その結果を正確に記録し、適切に管理することが法的に求められています。
点検記録簿の作成と保管義務
点検を実施した後は、結果を定められた様式の日常点検記録簿に記載する必要があります。点検項目ごとに異常がなければ「良」やチェックマーク、異常があれば「否」やバツ印を記入し、異常がある場合は具体的な状況も付記します。
作成された点検表は法律により1年間の保存が義務付けられています。この記録は行政監査の際の提示資料となるほか、万が一のトラブル時には適切な点検・整備義務を果たしていた証拠資料となります。
点検を終えた運転者は結果を整備管理者に報告し、整備管理者は報告内容を確認して運行の可否を判断します。不具合が発見された場合は必要な修理や整備を行った後に運行を許可するか、運行を見合わせるなどの措置を講じます。
この流れは単なる事務作業を超え、整備管理者と運転者間の重要なコミュニケーション手段として機能し、組織的な安全管理体制を支える基盤となっています。
デジタル化による効率的な管理
近年、従来の手書きの点検表から、スマートフォンアプリやクラウドベースの車両管理システムを利用した電子的な記録・管理への移行が進んでいます。
デジタル化のメリットは多岐にわたります。手書きによる記入ミスや読み間違い、記録の紛失リスクを低減できます。点検項目や手順の標準化により点検の質も均一化されます。不具合発見時にはその場で写真や動画を撮影して記録に添付でき、整備管理者への報告がより正確かつ迅速に行えます。
記録されたデータはクラウドサーバーに集約されるため、管理者はリアルタイムで各車両の点検状況を把握できます。過去のデータの検索や分析も容易になり、特定車両の不具合傾向の把握や部品交換時期の予測など、より高度な車両管理に活用できます。
このようなデジタル技術の導入は、業務効率化だけでなく、安全管理の質そのものを向上させる大きな可能性を秘めています。判断基準となる画像や図をアプリ内に示すことで、経験の浅い運転者でもより正確な点検が可能になるなど、組織全体の点検品質向上にも貢献します。
日常点検を怠った場合に起こりうること
「時間がない」「面倒だ」といった理由で日常点検を怠ることは、法律違反となるだけでなく、重大な事故や車両故障の直接的な原因となる極めて危険な行為です。
整備不良が引き起こす事故や故障
日常点検を怠って見過ごされた車両の不具合は、走行中に深刻なトラブルとして表面化する可能性があります。
例えば、タイヤの亀裂や摩耗を見逃した結果、高速走行中にタイヤがバーストすれば、車両はコントロールを失い、単独事故だけでなく周囲の車両を巻き込む多重事故に発展する危険性があります。
ブレーキ系統の不具合は制動距離の増大やブレーキの失効を招き、追突事故や交差点での衝突事故の原因となります。エンジンオイルの不足や劣化を放置すれば、エンジンの焼き付きによる走行不能や車両火災を引き起こす可能性もあります。
これらの事故や故障は、運転者や同乗者の生命を危険に晒すだけでなく、他の道路利用者に危害を加えたり、積荷に損害を与えたりする可能性があります。結果として人命に関わる事態となれば、運転者や事業者は道義的責任はもとより、厳しい法的責任を問われることになります。
車両の修理費用、代替車両の手配費用、荷主への賠償、そして失われた信頼といった経済的・社会的な損失は計り知れません。日常点検の怠慢は、潜在的なリスクを現実のものとしてしまう「引き金」となり得るのです。
法律違反による行政処分と罰則
点検を怠った結果として整備不良の状態で運行し、それが原因で事故や故障を引き起こした場合、あるいは保安基準に適合しない状態で走行していることが発覚した場合、運転者や事業者は道路運送車両法や道路交通法に基づき、厳しい行政処分や刑事罰の対象となる可能性があります。
事業用自動車が法律で義務付けられている定期点検を怠った場合には、30万円以下の罰金が科されることがあります。日常点検の不備が定期点検の不備と関連して発覚し、より重い処分に繋がるケースも考えられます。
行政処分としては、違反の程度や常習性、結果の重大性に応じて、車両の使用停止命令、事業停止命令、さらには事業許可の取り消しといった、事業の根幹を揺るがしかねない重い処分が下されることがあります。
整備不良が原因で車輪脱落のような重大事故が発生した場合には、整備管理者の解任命令や長期間の事業停止といった極めて厳しい措置が取られることもあります。
点検記録の不備や不作成、虚偽記載などが発覚した場合には、点呼記録の不備や改ざんと同様に、車両停止日数が加重されるなど、より厳しい行政処分に繋がる可能性があります。
これらの行政処分や罰則は、過去の違反行為に対する懲罰という意味だけでなく、事業者に対して安全管理体制の抜本的な見直しと改善を強く促すための行政指導としての側面も持っています。
万が一事故が発生した際の法的責任において、日常点検の不備や記録の不作成・改ざんは、企業側の過失をより重く認定される要因となり得ることも忘れてはなりません。これは民事上の損害賠償額の増大や刑事責任の追及において、著しく不利な状況を招く可能性があることを意味します。
まとめ
トラックの日常点検は、安全運行を確保し、法令を遵守するための基本中の基本です。「面倒な作業」と捉えるのではなく、「自分と周囲の人々の安全を守る大切な習慣」として位置づけることが重要です。
運転者一人ひとりがその重要性を深く認識し、定められた手順に従って確実に実施すること、そして管理者はその体制を適切に整備し、指導・監督することが、事故のない安全な輸送環境を実現するための鍵となります。
毎日のわずかな時間をかけた地道な点検作業が、結果として大きな安全と信頼に繋がることを心に留め、責任ある行動を継続していくことが私たち運送業界に携わる者の使命です。安全第一の精神を忘れず、今日も明日も確実な日常点検を心がけましょう。



