トラック運送業界では、2024年4月から労働時間における時間外労働の上限が適用されるいわゆる「2024年問題」によって、配送業務への影響が懸念されています。
本記事では、トラック運送業界の労働環境の現状、労働環境改善に向けた具体的な取り組みや施策について解説。また、企業の成功事例や効果的な取り組み、政府や関連団体のサポートや規制、労働環境改善のための具体的なツールや方法についてもご紹介します。
トラック運送業界の労働環境: 深刻化する現状と課題
トラック運送業界の労働環境はどのような状況にあるのか、現状と課題についてみていきましょう。
厳しい労働実態: 長時間労働、低賃金、人材不足
トラック運送業の働き方をめぐる現状は厳しく、課題が山積しています。特に深刻なのが「長時間労働・残業過多」「低賃金」「人材不足」の3点です。
国土交通省の調査によると、トラック運送業の労働時間は全職業平均より約2割長く、年間賃金は全産業より約1割〜2割低いと報告されています。これらに起因する人手不足も深刻で、有効求人倍率は全職業平均の約2倍の高さです。
この人手不足の状況にも関わらず、EC市場拡大によって物流量は増加。さらにドライバーの高齢化も拍車をかけ事態は深刻さを増しています。
課題の背景にある構造的な問題
これらの課題の背景にはトラック運送業界の構造的な問題があります。トラックドライバーの長時間労働の要因の一つは、発着荷主の積み下ろし場所での長時間の荷待ち時間・荷役時間です。荷待ち時間については、荷主とトラック事業者との間で認識に大きなギャップがあることもわかっています。
今後、荷主と運送業者がいかに協力関係を構築できるか、長時間労働の改善に取り組めるかが重要です。
労働環境改善の突破口となる具体的な5つの施策
ドラック運送業界の労働環境を改善するためには具体的にどのような取り組みが必要でしょうか。鍵となる改善施策を5つご紹介します。
1.労働時間削減と休息時間の確保
まずは、荷待ち・荷役時間の改善施策です。具体的には、勤怠管理システムなどITツールを導入することによって業務効率を上げる方策が取られるようになってきています。例えば、デジタルタコグラフを導入し、運行日報を自動化、勤怠管理の効率化を図るといった事例が挙げられます。ほかにも、運送指示書をクラウド上でやりとりできるようなシステム、配車システムの導入による輸送効率アップなど行える施策はさまざまです。
また、終業時間から次の始業時間まで一定以上の休息時間を設定する勤務時間インターバル制度も有効な施策です。現場の裁量で調整できるのが理想ですが、抜本的な改善策としてはこのような仕組み導入の必要性が高まっています。
2.賃金体系の見直しと待遇改善
非正規ドライバーの待遇改善策として同一労働同一賃金のルール適用に向けた取り組みも重要です。法改正も順次行われており、2023年4月からは労働基準法における時間外労働の割増賃金率が5割増しとなりました。企業でも改善に向けた取り組みが行われており、時間外労働が減少しても賃金額が減少しないように賃金形態を改定し、全社平均で賃金額を13.5%アップした事例もあります。
成果報酬型の賃金制度を採用している企業も増えてきています。筆頭に挙げられるヤマト運輸では、集荷が多いほど報奨金を受け取れるインセンティブ制度を採用。ドライバーのモチベーションアップにつなげています。
福利厚生やキャリアパス制度によって待遇改善に取り組んでいる事例も少なくありません。茨城県を拠点とする十和運送株式会社では、全部で30種類の充実した福利厚生を用意するなど、ワークエンゲージメントの向上に努めています。
3.IT技術の活用による業務効率化
労働時間を削減しつつ、既存の業務量と質を維持するためにはIT技術の活用が不可欠です。
一例としては配車システム・運行管理システムの導入が挙げられます。これらのシステムを導入することによって、車両の運行経路や配送計画を最適化でき、業務の効率化やコスト削減につなげられます。
ある設備製造企業では、配送管理システムの導入によって、2時間かかっていた配送計画を15分にまで短縮。1時間を要していた伝票の仕分け作業は自動化によって不要になるなど劇的な改善に成功しています。
AIやIoTを活用した積載率最適化システムや自動運転技術なども注目度の高い施策です。例えば、AIを搭載した自動運転フォークリフトを活用し、トラックの積み下ろし・入出荷作業を無人化する実証実験は各所で行われています。
4.女性や若年層の積極的な採用と育成
女性ドライバーの働きやすい環境づくりも重要です。仕事と子育ての両立を支援する社内制度や就業中に子を預けられる施設整備などの取り組みが施策として挙げられます。制度の確立で育児休業を100%取得できるようになったという企業も少なくありません。
また、採用や定着率向上のための施策として若年層向けの採用活動、育成プログラムも重要です。具体的には、キャリアパスの明確化や新人研修の充実化といった取り組み事例があります。採用の段階で若手社員を人事担当に配置するなどの施策も多くの企業で見られる方策です。
5.荷主との連携強化と取引環境の改善
労働環境の問題改善には、荷主と運送業者が問題意識を共有することが不可欠です。まずは問題を共有する場をつくり、双方で荷待ち時間・荷役時間の把握を行います。長時間労働の原因を把握できれば、お互いに協力体制を構築し業務内容の見直し・改善に取り組むことが可能です。また、応分の費用負担を検討し適正な運賃を確保することも必要でしょう。
具体的な対応例としては、予約受付システムの導入、パレットなどを活用した荷役時間の削減、荷主からの入出荷情報などの事前提供、荷主側の施設面の改善などが挙げられます。
成功事例に学ぶ: 労働環境改善を達成した企業の取り組み
ここでは、実際に労働環境改善の取り組みに成功した企業事例をご紹介します。
A社: 労働時間短縮とドライバー満足度向上を実現
A社では、ドライバーの荷物積み替え作業による労働時間増加が課題となっていました。この課題を解決するために、荷役分離が可能な「スワップボディコンテナ車両」を導入。ドライバーの拘束時間を大幅に削減することに成功しました。また、効率よく荷物を往復させることができるようになりさらなる労働時間の削減につながっています。
また、ドライバーの健康管理の一環として酸素BOXを導入。ドライバーの肉体疲労の軽減につなげるなど、満足度の向上施策にも積極的に取り組んでいます。
B社: 女性ドライバー活躍推進で人材不足を解消
B社では、恒常的な人材不足という問題解消のために女性ドライバーの活躍を推進しています。まず、女性を含めた未経験者育成のための長期研修制度を整備。3カ月かけて行われる丹念な研修は好評を得て、当初在籍がゼロだった女性ドライバーが全体の6分の1を占めるまでになりました。
また、長期キャリア形成が可能なキャリアパスポート制度も整備し、定着率の向上にも成功。現在も、女性からの応募者が絶えず、多数の女性ドライバーが活躍しています。
C社: IT技術活用で業務効率化とコスト削減を達成
C社では、ドライバーの離職が続き、採用もうまくいかず人材不足が課題になっていました。そこで業界特有の働き方を改善するべく、IT技術を活用した独自の社内システムの開発に着手。これまでアナログで行っていた帳票管理のデジタル化に始まり、荷主・事務所・倉庫・配送先の情報をクラウド上でリアルタイムに共有できる環境を構築しました。その結果、業務効率が大幅に改善し、コスト削減と労働時間の改善に成功。定着率の向上につながっています。
政府・関連団体の支援策と企業が活用できるサポート
政府や関連団体の支援策と企業が活用できるサポートをみてみましょう。
労働時間規制、助成金制度などの法的サポート
トラック運転者の労働時間については、厚生労働大臣告示である「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」があり、運送事業者の遵守を促す法制を敷いています。
また、労働環境改善を行う運送事業者に対する補助金・助成金制度も整備しています。例えば、厚生労働省の「働き方改革推進支援助成金」では、生産性を高めながら労働時間の削減に取り組む企業を対象に取り組み費用の助成を行っています。デジタルタコグラフの導入・更新も助成対象となっているため、運送事業者も活用可能です。
厚生労働省 働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)
ほかにも各省庁で以下のような助成金・補助金制度を実施しています。
厚生労働省
– 業務改善助成金
– 65歳超雇用推進助成金
経済産業省
– トラック輸送における省エネ化推進事業
– サービス等生産性向上IT導入支援事業
環境省
– 二酸化炭素排出抑制対策事業費等補助金
国土交通省
– 自動車事故対策費補助金
– 地域交通のグリーン化に向けた次世代自動車普及促進事業
– 物流効率化に関する支援制度
業界団体による相談窓口、研修プログラム
厚生労働省の働き方改革推進支援センターでは相談窓口を設置しており、主に中小企業・小規模事業者を対象に以下の内容を支援しています。
– 長時間労働の是正
– 同一労働同一賃金など非正規雇用労働者の待遇改善
– 生産性向上による賃金引き上げ
– 人手不足の解消に向けた雇用管理改善などの取り組み
また、全日本トラック協会では、「準中型免許取得助成事業」や「経営診断受診促進事業」などの企業支援や、さまざまなセミナー・資格制度・研修プログラムを実施。また、これらの研修への参加・受講に対する助成制度も設けているため、積極的に活用すると良いでしょう。
まとめ: トラック運送業界の労働環境改善に向けて
トラック運送業界の労働環境改善は、業界全体の持続可能性と競争力を高める上で不可欠な課題です。本記事で紹介した5つの施策を軸に、各企業が自社の状況に合わせた取り組みを進めることが重要です。
労働時間の削減と休息時間の確保、賃金体系の見直しと待遇改善、IT技術の活用による業務効率化、女性や若年層の積極的な採用と育成、そして荷主との連携強化と取引環境の改善。これらの施策を総合的に実施することで、トラック運送業界の労働環境は大きく改善されていくでしょう。
デジタル化とイノベーションの推進
今後、業界全体としてさらなるデジタル化とイノベーションの推進が求められます。例えば、ブロックチェーン技術を活用した配送情報の共有や、AIによる需要予測と最適配車の実現など、先進的な技術の導入が進んでいくと考えられます。
これらの技術導入により、業務効率の向上だけでなく、ドライバーの負担軽減や安全性の向上にもつながることが期待されます。
産学官連携による取り組み
労働環境の改善には、業界だけでなく、政府、学術機関、そして関連する他業種との連携も重要です。例えば、大学や研究機関との共同研究による新技術の開発や、異業種との協業による新しいビジネスモデルの創出などが考えられます。
こうした産学官連携の取り組みにより、業界全体の底上げと持続可能な発展が実現できるでしょう。
社会的認知度の向上と人材確保
トラック運送業界の労働環境改善の取り組みを広く社会に発信し、業界のイメージアップを図ることも重要です。若者や女性にとって魅力的な職場であることをアピールし、優秀な人材の確保につなげていく必要があります。
例えば、学校教育との連携やSNSを活用した情報発信、職場体験プログラムの実施など、多角的なアプローチが求められます。
結論:持続可能な業界発展に向けて
トラック運送業界の労働環境改善は、単に個々の企業の問題ではなく、日本の物流と経済全体に関わる重要な課題です。本記事で紹介した施策や事例を参考に、各企業が自社の状況に合わせた改善策を実施していくことが求められます。
同時に、業界全体としての取り組みや、政府・関連団体との連携も不可欠です。労働環境の改善を通じて、トラック運送業界が持続可能で魅力的な産業として発展していくことを期待しています。
この課題に取り組むことは、単に業界の問題解決にとどまらず、働き方改革や生産性向上など、日本社会全体が直面する課題への一つの解答にもなりうるでしょう。トラック運送業界の変革が、日本の産業界全体にポジティブな影響を与えることを願ってやみません。