日本では近年、深刻な人手不足が社会的な課題として注目を集めています。とくに介護や建設、外食業などの分野では、働き手の確保が困難な状況が続いています。
この課題に対応するため、2019年4月に新しく創設されたのが「特定技能制度」です。この制度は、技能と日本語能力を持つ外国人材を受け入れることで、人手不足の解消を目指すものです。
特定技能制度とは?
特定技能制度は、日本での就労を希望する外国人材と人手不足に悩む企業をつなぐ新しい在留資格制度です。この制度の特徴は、技能実習制度とは異なり、最初から労働者として働くことができ、日本人と同等の待遇が保障されている点にあります。
制度創設の背景と目的
特定技能制度が創設された背景には、日本の深刻な労働力不足があります。少子高齢化により生産年齢人口が減少する中、多くの産業分野で人材確保が困難になっています。とくに、介護や建設、外食業などの分野では、事業の継続自体が危ぶまれるケースも出てきました。
こうした状況を受けて、政府は2018年12月に「出入国管理及び難民認定法」を改正し、2019年4月から特定技能制度をスタートさせました。この制度は、単なる人手不足の解消だけでなく、外国人材が日本社会で安定して働き、地域社会の一員として活躍できる環境を整えることも重要な目的としています。
特定技能1号・2号の要件と在留条件
特定技能制度には「特定技能1号」と「特定技能2号」という2つの区分があります。この2つは求められる技能水準や在留条件が大きく異なります。
特定技能1号は、相当程度の知識・経験を持つ外国人材を受け入れる制度です。在留期間は1年、3年、5年のいずれかで、1年、6カ月、または4カ月ごとに更新が必要です。日本語能力試験N4以上または同等の日本語力が求められ、家族の帯同は認められていません。また、受け入れ企業には外国人支援計画の策定と実施が義務付けられています。
一方、特定技能2号は、より熟練した技能を持つ人材を対象としています。在留期間に上限はなく、3年、1年、または6カ月ごとに更新することで、長期的な在留が可能です。また、要件を満たせば家族の帯同も認められ、将来的な永住権取得も視野に入れることができます。特定技能2号の在留資格を得るには、技能試験に合格する必要があります。高度な技能が求められるため、実務経験などの要件は1号よりも厳しくなっています。
特定技能制度の対象分野
特定技能制度では、人手不足が特に深刻な産業分野に限って外国人材の受け入れを認めています。それぞれの分野で必要とされる技能の水準や試験の内容は異なりますが、いずれも即戦力として活躍できる人材を求めています。
人手不足解消を目指す14分野
現在、特定技能制度の対象となっているのは以下の14分野です。介護分野では高齢化に伴う需要の増加、建設分野ではインフラ整備や災害復旧の必要性、外食業では店舗運営の担い手不足など、それぞれの分野で深刻な人手不足が課題となっています。
1. 介護分野:高齢者施設やデイサービスなどでの介護業務
2. ビルクリーニング分野:建物の清掃や保守管理業務
3. 建設分野:建築、土木、舗装などの建設作業
4. 造船・舶用工業分野:船舶の建造や修理、部品製造
5. 自動車整備分野:自動車の点検・整備作業
6. 航空分野:空港での手荷物・貨物取扱い業務
7. 宿泊分野:ホテルや旅館でのフロント、接客業務
8. 外食業分野:飲食店での調理や接客業務
9. 農業分野:耕作や収穫、農産物の加工など
10. 漁業分野:漁業や水産養殖に関する作業
11. 飲食料品製造分野:食品や飲料の製造・加工
12. 素材産業分野:機械部品の製造や電子機器の組立など
13.産業機械製造業分野: 工作機械や建設機械などの製造
14.電気・電子情報関連産業分野: 電気機器や電子部品などの製造
これらの分野のうち、農業と漁業については派遣での就労も認められています。また、政府は2024年以降、新たに林業などを対象分野に追加することを検討しています。
各分野での受け入れ状況と要件
特定技能制度で就労するためには、分野ごとに定められた技能試験と日本語能力試験に合格する必要があります。技能試験は実務で必要とされる知識や技能を確認するもので、多くの分野で学科試験と実技試験の両方が実施されています。
試験の具体例を見てみましょう。介護分野では、介護技能評価試験において、利用者とのコミュニケーションや基本的な介護技術が評価されます。外食業分野では、調理や接客の技能に加えて、衛生管理や安全管理の知識も問われます。建設分野では、各職種に応じた専門的な技能と、現場での安全確保に関する知識が求められます。
日本語能力については、特定技能1号の場合、以下のいずれかの試験に合格する必要があります。
・日本語能力試験(JLPT)N4以上
・国際交流基金日本語基礎テスト(JFT-Basic)
・特定技能1号向けの日本語コミュニケーション能力測定試験
これらの試験は、職場での基本的なコミュニケーションに必要な日本語力を測るものです。N4レベルとは、基本的な日本語を理解し、日常的な場面で使用できる能力を指します。
技能実習制度との違い
特定技能制度と技能実習制度は、いずれも外国人材を受け入れる制度ですが、その目的や仕組みには大きな違いがあります。両制度の特徴を理解することで、企業は自社の状況に適した制度を選択することができます。
制度目的・受け入れ過程の違い
技能実習制度は、発展途上国への技術移転を目的とした国際貢献の制度です。実習生は「学ぶ」立場として来日し、習得した技能を母国の発展に活かすことが期待されています。一方、特定技能制度は日本国内の人手不足解消が主目的で、外国人材は最初から労働者として働くことができます。
受け入れ過程にも大きな違いがあります。技能実習制度では、送出国の送出機関や日本の監理団体など、複数の関係者が関与する仕組みになっています。これに対し、特定技能制度では、企業と外国人材が直接雇用契約を結ぶことができ、より柔軟な雇用が可能です。
また、技能実習制度は日本と二国間取り決めを結んだ国からのみ受け入れが可能ですが、特定技能制度にはそうした国籍制限はほとんどありません。これにより、より広い範囲から人材を募集することができます。
在留期間、家族帯同、待遇面での相違
在留期間については、技能実習制度が最長5年と定められているのに対し、特定技能制度では1号が最長5年、2号は上限なしとなっています。特定技能2号の場合、更新を重ねることで長期的な在留が可能です。
家族帯同に関しては、技能実習制度では認められていませんが、特定技能2号では一定の条件を満たせば配偶者や子どもの帯同が可能です。これにより、外国人材がより安定した生活基盤を築くことができます。
待遇面でも大きな違いがあります。技能実習制度では実習生という立場上、待遇面で制約がある場合がありますが、特定技能制度では日本人労働者と同等以上の待遇が法律で保障されています。具体的には、最低賃金の遵守はもちろん、社会保険への加入や有給休暇の付与なども義務付けられています。
特定技能制度の今後
特定技能制度は、日本の人手不足解消に向けた重要な施策として、さらなる発展が期待されています。政府は制度の拡充を進めながら、外国人材の受け入れ環境の整備にも力を入れています。
受け入れ枠拡大や新規分野追加の検討
政府は、特定技能制度の対象分野拡大を積極的に検討しています。現在の14分野に加えて、林業など、新たな分野への導入が予定されています。これにより、より多くの産業分野で外国人材の活躍が期待できます。
また、既存の分野でも受け入れ枠の拡大が進められています。当初の5年間で最大約34万5千人の受け入れを見込んでいましたが、実際の需要に応じて柔軟に対応する方針が示されています。
さらに、技能実習制度から特定技能への移行を促進するため、新たな「育成就労制度」の導入も予定されています。この制度では、最長2年間の育成期間を経て特定技能1号への移行を目指す仕組みが整えられます。
外国人定着支援策と課題への対応
外国人材が日本社会で安定して働き続けるためには、さまざまな支援が必要です。政府は以下のような支援策の充実を進めています。
日本語学習支援については、オンライン学習システムの整備や、地域の日本語教室との連携強化が図られています。職場でのコミュニケーションだけでなく、日常生活に必要な日本語力の向上も支援対象となっています。
生活面では、住宅の確保支援や医療機関への通訳派遣、子どもの教育支援など、包括的なサポート体制の整備が進められています。特に、特定技能2号で家族帯同が認められる場合、子どもの教育環境の整備は重要な課題となっています。
また、地域社会との共生も重要なテーマです。自治体や地域の国際交流協会などと連携し、文化交流イベントや相談窓口の設置など、外国人材と地域住民の相互理解を促進する取り組みが行われています。
今後の課題としては、受け入れ企業の支援体制の強化や、特定技能2号への移行を促進する仕組みの整備などが挙げられます。また、新型コロナウイルス感染症の影響で一時的に停滞した受け入れの回復も重要な課題となっています。
特定技能制度は、外国人材の受け入れと日本社会の持続的な発展を両立させる重要な制度です。今後も制度の改善と支援体制の充実を通じて、外国人材がより活躍できる環境づくりが進められることが期待されます。