配送の現場に、いま大きな変化の波が押し寄せています。「MaaS(Mobility as a Service)」と呼ばれる、移動の効率化と利便性向上を目指す新しい概念が物流分野にも応用され、企業や地域社会が連携しながら、これまでにない配送革新を進めようとしています。
この記事では、物流MaaSがどのような仕組みで、いかにして私たちの生活やビジネスを支える物流を変革していくのか、その基本概念から具体的な導入事例、2025年現在の最新動向、そして成功に向けた重要なポイントに至るまで、初心者の方にも分かりやすく丁寧に解説していきます。
物流MaaSの基本概念と現状分析
物流業界は、私たちの生活や経済活動に不可欠な役割を担っていますが、長年にわたり、深刻な人手不足や複雑化する配送ニーズへの対応、そして「2024年問題」に代表されるドライバーの労働時間規制強化といった課題に直面してきました。特にEC市場の拡大は、小口配送の増加を招き、最終拠点からエンドユーザーへ届ける「ラストワンマイル」の非効率性を顕在化させています。
こうした状況を打開する切り札として期待されているのが、「物流MaaS(Mobility as a Service for Logistics)」という革新的なアプローチです。
MaaSは、元々、電車やバス、タクシー、シェアサイクルといった様々な交通手段をITプラットフォーム上で統合し、利用者にとって最適な移動ルートや手段を一つのサービスとして提供する考え方です。このMaaSの理念を物流の世界に適用することで、個々の企業や事業者が持つ輸送手段、倉庫、配送ネットワークといったリソースを最適に組み合わせ、業界全体の効率化と持続可能性の向上を目指す動きが加速しています。単に新しい技術を導入するだけでなく、関係者が連携し、データを共有することで、これまでの物流システムが抱えていた構造的な課題を解決しようとする試み、それが物流MaaSの本質と言えるでしょう。
経済産業省や国土交通省なども、自動運転トラックなどが荷物の積み替えや充電・駐車を行う「モビリティ・ハブ」の機能整理や連携の検討を進めるなど(2024年度)、国レベルでの後押しも見られます。
従来の物流システムの限界と課題
これまでの物流システムは、多くの企業がそれぞれ独自に最適化を図る「自前主義」が主流でした。個々の企業努力により一定の効率化は達成されてきましたが、業界全体として見ると、いくつかの深刻な課題が浮き彫りになっています。
まず大きな問題として挙げられるのが、ラストワンマイル配送における非効率性です。ECサイトでの購入が日常化し、個人宅への小口配送が急増した結果、配送車両の積載率は低下し、再配達の手間も頻繁に発生しています。これにより、配送コストが増大するだけでなく、ドライバーの長時間労働を助長し、環境負荷も高まるという悪循環に陥っています。都市部では交通渋滞による配送遅延も常態化しており、顧客満足度の低下にも繋がっています。
次に、配車の最適化が非常に難しいという点も大きな課題です。日々の物流量の変動、突発的な配送依頼、天候や交通状況の変化など、リアルタイムで変動する多くの要因を考慮しながら最適な配車計画を組むことは、熟練した担当者にとっても至難の業です。結果として、一部の車両に業務が集中したり、逆に空車状態で走行する車両が発生したりと、リソースの有効活用が妨げられてきました。
さらに、物流リソースの分散も業界全体の効率を損ねる要因となっています。各企業が個別にトラックや倉庫といった資産を保有・運用しているため、繁忙期と閑散期での稼働率の差が大きくなりがちです。ある企業では車両が不足している一方で、別の企業では遊休車両を抱えているといったミスマッチも発生しやすく、社会全体として見ると大きな無駄が生じています。これらの課題は、もはや一企業だけの努力では解決が難しく、業界の垣根を越えた連携や、物流の仕組みそのものを根本から見直す必要性が高まっています。
物流MaaSが解決する注目の業界課題
物流MaaSは、デジタル技術とデータ連携を駆使することで、輸送手段、倉庫、そして複雑な配送ネットワークを、まるで一つのシステムのように最適に組み合わせる新しい物流の形です。従来の企業や事業領域ごとに縦割りで管理されていたシステムとは異なり、参加する企業同士が情報を共有し、連携することで、物流プロセス全体の最適化と効率化を追求します。この物流MaaSの導入によって、長年物流業界を悩ませてきた、いくつかの重要な課題に対する具体的な解決策が見えてきます。
第一に、EC市場の成長に伴い深刻化している「ラストワンマイル配送の非効率性」の問題です。個別配送の増加は、再配達の発生やトラックの低積載率といった非効率を生み出し、コスト増だけでなく環境負荷の増大にも繋がっています。物流MaaSでは、この課題に対し、特定の地域内における複数の配送事業者が配送情報をリアルタイムで共有し、荷物を共同で効率的に配送する「共同配送モデル」の構築を可能にします。例えば、ある地域で行われた実証実験では、複数の運送会社の荷物を集約し、AIが最適なルートを算出して配送することで、配送車両の走行距離が約30%も削減され、CO2排出量の削減にも貢献したという報告もあります。同時に、配達時間の指定や受け取り方法の多様化にも柔軟に対応できるようになり、再配達率の大幅な低下も期待されています。
第二の課題として、「配車最適化の困難さ」が挙げられます。従来、多くの企業では配車計画を経験豊富な担当者が手作業、あるいは部分的にシステムを使いながら行っていましたが、急なオーダーの変更、交通渋滞、天候の変化といった予測困難な要素に柔軟に対応することは非常に難しい状況でした。物流MaaSの枠組みでは、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)といった先進技術を活用したリアルタイム配車システムが中心的な役割を果たします。オプティマインド社の「Loogia(ルージア)」のようなAI配送ルート最適化サービスもその一例です。これにより、膨大な運行データや貨物情報、道路状況などを瞬時に分析し、最も効率的な配車計画を自動で立案することが可能になります。
例えば、ある大手物流企業では、AI配車システムを導入した結果、従来数十分かかっていた配車計画の策定時間が数分にまで短縮され、ベテラン担当者のノウハウに頼ることなく、誰でも高いレベルでの配車業務を行えるようになった事例があります。これにより、ドライバーの待機時間が削減され、実働時間を最大化することで、稼働率の向上と収益改善にも繋がっています。
そして第三に、「リソースの分散とそれに伴う非効率性」という問題への対応です。多くの物流企業が、それぞれ独自にトラック車両や倉庫スペースといった物流アセットを保有・管理しています。しかし、需要の季節変動や曜日による波動などにより、これらのアセットを常に最大限に活用することは難しく、結果として利用率の低い遊休資産が発生しがちでした。物流MaaSのプラットフォームは、これらの物流リソースを複数の企業間で共有し、必要な時に必要な分だけ柔軟に活用できる仕組みを提供します。
例えば、ある地方都市で行われた実証プロジェクトでは、複数の地元運送事業者が保有するトラックや倉庫の空き情報をオンラインで共有し、相互に利用し合うシステムを構築しました。これにより、各社は自社で全ての資産を抱え込む必要がなくなり、遊休資産の有効活用が進みました。結果として、繁忙期には他社の空き車両を融通してもらい、閑散期には自社の余剰スペースを他社に貸し出すといった柔軟な運用が可能となり、参加企業全体で物流コストを大幅に削減することに成功しています。
このように、物流MaaSは単なるテクノロジーの導入に留まらず、業界全体のプレイヤーが協力し合い、知恵とリソースを結集して共通の課題を解決していくための強力な基盤となる可能性を秘めているのです。
注目の物流MaaS導入成功事例
物流MaaSは、単なる未来の構想ではなく、既に国内外の多くの企業や地域プロジェクトによって具体的な取り組みが進められ、着実な成果を上げ始めています。ここでは、2025年5月現在の最新情報も交えながら、実際に物流MaaSの概念を取り入れ、配送プロセスの革新や経営効率の向上を実現した先進的な事例をいくつかご紹介します。
大手物流企業の実装アプローチと成果
日本の物流業界をリードする大手企業も、物流MaaSの実現に向けた戦略的な投資と実践を加速させています。その中でも、ヤマト運輸株式会社の取り組みは、既存の物流ネットワークを最大限に活用しつつ、新たな価値創出を目指す好例と言えるでしょう。同社は、沖縄県における国際物流ハブ構想の一環として、同社が活用する大規模物流拠点を中核とし、地域内の物流拠点の統廃合と再編を進めました。この戦略的拠点を中心に据えることで、従来分散していた複数の小型拠点の機能を集約し、荷物の仕分けから配送に至るまでのプロセス全体を効率化しました。これにより、配送にかかるリードタイムの大幅な短縮が見られ、特にスピードが求められる荷物の輸送において競争力を高めています。
さらにヤマト運輸は、2025年2月の事業開始を目指し、法人顧客と物流事業者を繋ぐ「共同輸配送オープンプラットフォーム」の構築を推進しています。既に2024年4月からヤマト運輸の事業として実輸送を開始し、東名阪の運行区間からパレット混載の中継輸送を開始、2025年3月までに40線便/日への拡充を目指すなど、具体的な動きを加速させています。また、AIを活用した業務量予測による効率的な配車など、データドリブンな物流改革も継続的に行っています。これらの取り組みは、地域全体の物流最適化のみならず、働く人々の負荷軽減やサービス品質の向上にも貢献しうる実践的なモデルケースと言えるでしょう。
地域特化型MaaSモデルの効果検証
物流MaaSの可能性は、大手企業による全国規模のネットワーク最適化だけに留まりません。特定の地域や都市が抱える物流課題に特化し、その地域のリソースを最大限に活用する「地域特化型MaaSモデル」も、国内外で注目され、具体的な成果を上げています。
日本国内の事例としては、まずNEXT Logistics Japan株式会社(NLJ)の取り組みが挙げられます。同社は、異なる物流事業者が連携し、荷物を効率的に共同輸送するための「モビリティ・ハブ」構想を推進しています。2024年度には物流MaaS実証事業として「人と同等の効率での荷役自動化の実現を目指す」取り組みや、モビリティ・ハブにおける情報連携の検討を継続(実証期間:2024年9月~2025年2月)。2025年2月には新東名高速道路で自動運転トラックを用いた走行実証実験を実施しました。
さらに、九州地区ではイオン九州、ロジスティード九州と連携し、25mダブル連結トラックを活用した高効率物流を2025年2月に発表するなど、具体的な展開を進めています。このような複数の企業が連携し、幹線輸送から支線配送までを一気通貫で効率化する取り組みは、地域全体の物流コスト削減と環境負荷低減に大きく貢献するものと期待されています。
また、ロジスティード株式会社(旧 日立物流)も、倉庫管理と配送業務において先進的なデジタル技術を積極的に活用し、地域拠点の物流MaaS化を推進しています。同社は、AIを活用した配車システムや、倉庫内の作業進捗をリアルタイムで可視化するシステムを導入し、配車作業の大幅な時間短縮や配車ミスの削減、ドライバーの労働環境改善に繋げています。2025年3月には、荷主企業の物流改革を加速する「物流DXコンサルティングサービス」を開始したと発表するなど、DX人財の育成とソリューション提供にも力を入れています。
海外の事例では、ヨーロッパを中心に広大な配送ネットワークを持つDPDグループのフランス・リヨンにおける取り組みが参考になります。同社は都市部におけるラストワンマイル配送の課題解決のため、マイクロハブを戦略的に配置し、自転車メッセンジャーや小型EVバンを用いたCO2フリー配送モデルを導入。これにより、CO2排出量を大幅に削減し、再配達率の低減にも成功しています。欧州では、こうした都市物流の環境負荷低減のため、物流関係車両と都市・交通インフラとのデータ連携や、官民共同での配達用施設整備などが先進事例として挙げられており、日本の物流政策においても参考にされています。これらの国内外の事例は、各社がそれぞれの地域特性や課題に応じて、デジタル連携や自動化技術を巧みに取り入れつつ、現代的な課題に果敢に挑戦していることを示しています。
物流MaaS導入のROIと実装ステップ
物流MaaSの導入を検討する企業にとって、最も気になる点の一つが「投資に見合うだけの具体的な成果が得られるのか」という投資対効果(ROI:Return on Investment)の問題でしょう。革新的なシステムや仕組みを導入するには相応のコストと時間が必要となるため、その効果を事前に予測し、導入後には客観的に評価することが不可欠です。ここでは、物流MaaS導入におけるROIの考え方や測定方法、そしてリスクを最小限に抑えながらスムーズに実装を進めるための段階的なアプローチについて解説します。
投資対効果の測定方法と成功指標
物流MaaS導入の成否を判断し、その効果を客観的に評価するためには、明確なKPI(重要業績評価指標)を設定し、継続的にモニタリングすることが極めて重要です。ROIを算出する上での代表的なKPIとしては、まず「ドライバーの平均待機時間の短縮率」が挙げられます。物流MaaSによって配車計画が最適化されたり、荷物の積み下ろしプロセスが効率化されたりすることで、ドライバーが無駄に待機する時間がどれだけ削減されたかを測定します。待機時間の短縮は、ドライバーの労働時間削減やモチベーション向上に直結するだけでなく、車両の稼働率向上にも貢献します。
次に、「トラックバース(荷物の積み降ろしを行う専用スペース)における滞留時間の削減率」も重要な指標です。倉庫や物流センターのバースが混雑し、トラックが長時間滞留することは、物流全体の大きなボトルネックとなります。物流MaaSを通じて、バース予約システムを導入したり、入出荷情報を事前に共有したりすることで、バースの利用効率を高め、トラックの滞留時間をどれだけ短縮できたかを評価します。
さらに、「入退場処理や荷役作業にかかる工数の変化」も効果測定の重要なポイントです。例えば、手作業で行っていた受付業務や伝票処理をデジタル化したり、自動荷役機器を導入したりすることで、従来これらの作業に費やしていた時間や人員がどれだけ削減されたかを確認します。これにより、人件費の削減だけでなく、作業の迅速化やミスの低減といった効果も期待できます。
これらのKPIを物流MaaSシステムの導入前と導入後で比較し、具体的な数値として把握することで、投資に対する効果を定量的に評価することが可能になります。また、これらの直接的な効果だけでなく、顧客満足度の向上、CO2排出量の削減、従業員のエンゲージメント向上といった間接的な効果についても、可能な範囲で指標を設定し、評価に加えることが望ましいでしょう。成功指標は、導入の目的や企業の特性に応じてカスタマイズすることが重要であり、関係者間での共通理解を深めることが成功への第一歩となります。
段階的導入アプローチと優先度設定
物流MaaSのような大規模なシステム変革は、一度に全てのシステムを入れ替えようとすると、予期せぬトラブルが発生したり、現場の混乱を招いたりするリスクが伴います。そのため、多くの企業では、リスクを低減しつつ、着実に投資効果を確認しながら進めるために、段階的な導入アプローチを採用しています。このアプローチでは、導入効果を測定するためのKPI(例えば、トラックの平均待機時間、バース滞留時間の削減率、作業工数や人員稼働率の変化など)を事前に設定し、各段階でその数値を比較・評価することで、投資対効果(ROI)を明確に把握しながらプロジェクトを推進します。
一般的に、物流MaaSの導入は、以下の3つのフェーズで進められることが多いです。
フェーズ1は「パイロット導入」です。この段階では、まず限定された範囲、例えば特定の拠点や一部の業務プロセスに絞って、新しいシステムや仕組みを試験的に導入します。ここでは、比較的小規模で、かつ効果測定がしやすいプロセスから着手することがポイントとなります。実際に運用してみることで、システムの使用感、期待される効果、そして潜在的な課題や問題点を早期に洗い出すことができます。このフェーズで得られた知見やデータは、次のステップへ進むための重要な判断材料となります。
フェーズ2は「部分展開」です。パイロット導入の結果を詳細に分析し、そこで得られた教訓や改善点を反映させた上で、導入範囲を他の拠点や関連部門へと段階的に拡大していきます。この際には、改善効果が大きく見込まれる領域や、業務全体への影響度が高いプロセスを優先的に選定することが一般的です。部分展開を進める中でも、継続的にKPIをモニタリングし、必要に応じて計画を微調整しながら、効果を最大化することを目指します。
フェーズ3は「全社展開」です。部分展開で効果が確認され、運用ノウハウも蓄積された段階で、いよいよシステムを全社的に統合し、標準化を進めていきます。ここでは、異なる部門間や関連会社間でのデータ連携を強化し、情報の一元管理と共有を徹底することで、物流プロセス全体の最適化を目指します。全社展開の段階では、組織文化の変革や従業員の意識改革も重要な要素となるため、経営層の強力なリーダーシップと、現場との継続的なコミュニケーションが不可欠です。
このように、各フェーズでKPIを注意深く確認し、その結果に基づいて計画を柔軟に見直していくアジャイルなアプローチこそが、変化の激しい現代において、効果的で持続可能な物流MaaS導入を実現するための鍵となります。焦らず、着実にステップを踏むことで、大きな変革を成功に導くことができるのです。
物流MaaSの今後と実装時の注意点
物流MaaSは、配送効率の向上やコスト削減といった現在の課題解決に貢献するだけでなく、将来的にはさらに大きな可能性を秘めた分野として注目されています。特に、自動運転技術、ドローン配送、AI・ロボティクスといった次世代テクノロジーとの融合は、物流のあり方を根底から変えるほどのインパクトをもたらすと期待されています。2025年以降、全国の主要都市で物流MaaSの本格導入が進むと予測され、5G通信の発展によるリアルタイムデータ活用やカーボンニュートラル推進との連携も重要性を増しています。
次世代技術との連携可能性と展望
物流MaaSの進化は、他の先進技術との連携によって加速されると考えられています。これらの技術がMaaSプラットフォームとシームレスに結びつくことで、これまで想像もできなかったような効率的で持続可能な物流システムが実現する可能性があります。
まず筆頭に挙げられるのが、「自動運転技術との連携」です。完全自動運転トラックや配送ロボットが実用化されれば、ドライバー不足という物流業界最大の課題に対する抜本的な解決策となり得ます。国土交通省は2025年度予算に「自動運転トラックによる幹線輸送実証事業」として3億円超を計上し、2026年度以降の高速道路での自動運転トラック(レベル4)実装を目指し技術開発や整備計画を進めています。2023年4月の改正道路交通法施行によりレベル4の自動運転システムの安全基準も明確化されました。これにより、長距離の幹線輸送を自動運転トラックが担い、都市部のラストワンマイル配送を小型の自動運転車や配送ロボットが分担するといった未来がより現実味を帯びてきます。
次に、「AI・ロボティクス活用の深化」です。倉庫内作業では、ラピュタロボティクス社の協働型ピッキング支援ロボット「ラピュタPA-AMR」や自動フォークリフト「ラピュタAFL」、NECソリューションイノベータ社のTMSやWMSなど、AIを活用したソリューションの導入が拡大しています。サントリーロジスティクスと富士通によるフォークリフトへのAI判定システム導入のような具体的な事例も増えています。これらはピッキング作業の自動化、荷役作業の効率化、そして倉庫全体の最適運営に貢献します。
さらに、「ドローン配送やスマートロックとの連携」も、ラストワンマイル配送の革新を加速させるでしょう。2022年12月の改正航空法施行によるレベル4飛行(有人地帯における補助者なし目視外飛行)解禁を受け、2025年はドローン宅配が「社会インフラ」へ移行する年と位置付けられています。運用指針や安全基準の整備が進み、佐川急便とサンドラッグが2025年度中のドローン配送サービス実用化を目指すなど、商用化の動きが活発化しています。一般社団法人日本ドローンビジネスサポート協会が2025年4月より大型ドローンを活用した物資輸送サービスを開始するなど、ドローンは山間部や離島への配送、災害時の緊急物資輸送での活躍が期待されています。
「ブロックチェーン技術の活用」も、トレーサビリティや契約履行の透明性向上に寄与する技術として引き続き注目されています。商品の生産地から消費者の手元に届くまでの全工程における情報を改ざん困難な形で記録・追跡可能にし、医薬品や高級品などの分野での信頼性向上に繋がります。
そして、これらの技術連携を社会全体で推進するためには、「官民データ連携基盤の整備」が不可欠です。国や地方自治体が保有する交通情報、気象情報、都市計画データといったパブリックなデータと、民間企業が持つ物流データや車両情報を安全かつ効果的に連携させるための共通プラットフォームが整備されれば、より広域で、より精度の高い物流MaaSの実現が期待できます。まさに社会インフラとして機能する物流MaaSの姿が見えてきます。
失敗しないための実装チェックリスト
物流MaaSの導入は、企業にとって大きな変革であり、その成功のためには、戦略的な計画と細心の注意を払った準備が不可欠です。技術的な側面だけでなく、組織体制や関係者との連携、そして変化への対応力など、多角的な視点からの検討が求められます。以下に、実際に物流MaaSの導入プロジェクトを推進した企業が特に重要視している、見落としがちなチェックポイントを解説します。
まず、「既存システムとの互換性」の確認は非常に重要です。多くの企業では、既に基幹システム(ERP)、倉庫管理システム(WMS)、顧客管理システム(CRM)など、様々な業務システムが稼働しています。新たに導入する物流MaaSプラットフォームが、これらの既存システムとAPI連携などを通じてスムーズにデータをやり取りできるか、データの形式や連携方式に互換性があるかを事前に徹底的に検証する必要があります。システム間の連携がうまくいかないと、データの二重入力や情報の分断が発生し、かえって業務効率を低下させることにもなりかねません。
次に、「データの可視化と共有体制の整備」も欠かせないポイントです。物流MaaSのメリットを最大限に引き出すためには、収集された様々なデータを関係者全員がリアルタイムで把握し、意思決定に活かせる状態にする必要があります。他社や地域社会との配送連携を視野に入れるのであれば、異なるシステム間でも情報をスムーズに共有できるよう、データフォーマットの標準化や共通のプロトコル(通信規約)を整備しておくことが求められます。誰がどの情報にアクセスでき、どのように活用するのか、明確なルール作りも重要です。
「セキュリティ対策の確認」は、言うまでもなく最優先事項の一つです。物流MaaSでは、顧客の個人情報や詳細な配送情報、企業の機密情報など、非常にセンシティブなデータを取り扱います。これらの情報が外部に漏洩したり、不正にアクセスされたりすることのないよう、データの暗号化、アクセス制限、不正侵入検知システムなど、堅牢なセキュリティ対策を講じているかを確認する必要があります。万が一のインシデント発生時の対応計画も事前に策定しておくべきでしょう。
また、技術的な側面だけでなく、「ステークホルダーとの調整」も成功の鍵を握ります。物流MaaSの導入は、社内の現場担当者から経営層、さらには外部の運送パートナーや荷主企業まで、非常に多くの関係者に影響を及ぼします。それぞれの立場や意見を丁寧にヒアリングし、プロジェクトの目的や期待される効果、そして導入に伴う変化について、早期の段階から共通認識を形成しておくことが不可欠です。関係者全員が「自分ごと」としてプロジェクトに参画する意識を醸成することが、スムーズな導入と定着に繋がります。
「従業員向けの教育プログラムの整備」も忘れてはならない重要な要素です。新しいシステムやアプリケーションが導入されても、現場の従業員がそれを使いこなせなければ意味がありません。操作方法のトレーニングはもちろんのこと、新しい業務プロセスへの理解を深め、変化に対する不安を解消するための丁寧な研修プログラムを用意する必要があります。マニュアルの整備やヘルプデスクの設置など、導入後も継続的にサポートできる体制を整えることが、現場レベルでの定着を促進します。
最後に、「導入後の効果測定フローの設計」も、プロジェクト開始前に明確にしておくべきです。何を達成目標(KGI:重要目標達成指標)とし、それを測るためにどのようなKPI(重要業績評価指標)を設定するのかを具体的に定義します。そして、それらの指標をどのタイミングで、どのように収集・分析し、MaaS導入の効果を数値で客観的に評価するのか、そのプロセスを事前に設計しておく必要があります。定期的な効果測定とレビューを通じて、計画通りに進んでいるかを確認し、必要に応じて軌道修正を行うことで、プロジェクトの成功確率を高めることができます。
これらのチェックポイントを一つひとつ丹念に確認し、事前準備を徹底することが、物流MaaS導入という大きな挑戦を成功に導き、持続的な競争優位性を確立するための確実な一歩となるでしょう。特に、複数の企業や組織が関わる連携型のMaaSモデルにおいては、関係者間の密なコミュニケーションと、透明性の高い情報共有の仕組みづくりが、プロジェクト全体の成否を左右すると言っても過言ではありません。



