「炭素税」の導入は、CO2削減という世界共通の目標に向けて促進剤になる可能性があると、関心が高まっています。
その一方で、導入によるデメリットも大いにあると言われています。わたしたちにどのようなデメリット・影響があるのかを解説します。
炭素税のデメリットについて
炭素税とは、地球温暖化の主原因となる温室効果ガスの排出量(また原材料や製品などに含まれる炭素の含有量)に応じて課税される税金のことを指し、環境負荷の抑制を目的とした「環境税」のうちの1種です。
炭素税を導入することは、企業や個人のCO2削減への行動意識が促進される効果が期待されます。ですがその一方で、産業分野や低所得者には悪影響を与える可能性もあります。
産業の空洞化の可能性
もし日本国内での企業活動に炭素税をかけてしまうと、化石燃料に大きく依存している企業において製造コストの増加が懸念されます。
特に鉄鋼業界や化学業界などの企業では、化石燃料を利用して生産・製造が行われています。
この状況で炭素税負担が加わると、製造コストが増え、経営面で大きなダメージを与えることは想像されます。炭素税の導入は、日本のものづくり業界や経済活動に大きな負の影響を与える可能性があるでしょう。
そもそも国内エネルギー価格は海外より高く、炭素税を回避するための再エネ転換に伴うエネルギー価格の上昇は製造コストに大きな影響を及ぼすと予想されます。
2030年までに46%のCO2削減を目指している中、電力や燃料使用量が特に多いセメントや粗鋼、紙、エチレンなどの製品におけるエネルギー価格は最大で約300%上昇し、セメントの製造コストの上昇率は約90%にのぼる見通しです。
また、炭素税のように企業へ新たな課税を行うと、国内企業は生産拠点を海外へ移し「産業の空洞化」が生じ、その結果国内産業が衰退してしまう可能性があります。
海外で事業活動を行っている日本企業の進出動機の調査結果によると、一番大きなものは、「進出先現地での販売先維持拡大」(28.4%)、そして次に「同一地域内の第3国での販売維持拡大を図るため」(13.0%)てとなり、販売先の維持拡大が海外進出の理由のトップとなっています。
それに続いて「海外生産の方がコスト面で有利」(12.1%)、「日本における生産では、価格競争力の維持は困難になり、海外生産によるコストの引き下げが不可欠」というコスト要因を挙げる声(8.0%)があります。
出典元:経済産業省海外事業活動基本調査・海外進出動機について
しかし国によってCO2排出量の制限レベルはさまざまなので、上記のように国内企業が海外進出し、規制の緩い国でCO2を大量排出してしまったら全く意味がありません。
したがって、産業への負担増や空洞化に対する施策を十分に熟思した上で、炭素税導入を行う必要があります。
低所得者への負担増
炭素税は、あくまでも「炭素の排出(含有)量」に対して税金を課すものです。
しかしこの税制度が導入されると、消費税と同じようにどの消費者にも一律の税率が課せられるため、所得の高い低いにかかわらず同じ税率の税金がかかってしまいます。
炭素税は長期的に見ても低所得者を不利にします。
その理由として、高所得者層は省エネ対策がかなう新製品の買い替えや、再生エネルギーを生成するなどしてCO2排出量を下げることができ、自動的に炭素税も抑えることが可能になるからです。
このように省エネ努力で軽減できる環境税ですが、低所得者層にはそれに回す経済的余裕がないなどの理由で削減手段が限られてしまいます。
そのため、経済状況の違いにおいて何かしらの軽減措置が必要となるため、低所得者には税収を還元し、交通手段を車に頼らざるを得ない地域などは必然的にCO2の排出が多くなってしまうため、税の軽減・還付を実施するという地域格差を防ぐ工夫も重要です。
このように、低所得層へのフォローをいかに行うかが政府にとっての導入課題にもなります。
産業界の成長への影響
国内の製造業である鉄鋼業、化学工業、パルプ・紙加工品製造業や土石製造業は「エネルギー多消費産業」とも呼ばれ、製造時や使用する材料において多量なCO2排出(含有)を伴う業種です。
もし炭素税が導入されると、日本のものづくりを支える企業成長が妨げられる可能性はあるのでしょうか。
日本の産業界における影響
現在も日本産業は化石燃料の多くを輸入に頼っており、世界情勢に影響を強く受け不安定かつエネルギーコストが高いにも関わらず、そこに炭素税が上乗せされると、日本のものづくりを支えている企業にとっては厳しい状況になることは避けられません。
日本はもともと資源供給量が少なく、他国からいろいろな物を輸入して成り立っている国です。
第一エネルギー源の9割以上は化石燃料であり、そのうち約4割を占める原油の80%以上を中東地域に頼っています。これら地域の国際情勢は複雑かつ安定的に資源供給が長期に渡り行われるかという不安要素もあります。そして価格は化石燃料需要の急増や制約の強化など、さまざまな背景で大きく変動します。
もし導入されて注意深く減免税を調整しても、やはりエネルギー多消費の業態や工程・材料輸入において炭素税は大きな負担となり得ます。このため、前述した生産拠点の海外移転、経済成長の妨げ、イノベーションにおける停滞といった弊害が起きることが懸念されます。
このような背景から、炭素税の導入についてはとくに産業界の反対の意向が強く、なかなか前進しない実情があります。今後、どのようにして産業界の成長促進とCO2削減を両立していくかは、きわめて難しい課題となっています。
国際的な競争力の低下
また、炭素税導入はエネルギー多消費産業を中心として国際競争力を低下させるという悪影響を及ぼし、短期的に経済成長にも大きな負荷をかけかねません。
昨今のグローバル経済下では、炭素税による生産価格上昇は輸出入の競争力を弱めるだけでなく、炭素税が導入されておらず税負担のない国からの生産品と比べて競争力が低下してしまうことは不可避です。
また国内企業が、コスト高を回避するため炭素税のない国に工場移転してしまうと、世界規模で見ればCO2排出量は変わらず、国内の産業衰退や雇用が減少するだけということにもなりかねません。
このように炭素税の導入によって、環境負荷の抑止や収納された税の有効活用が見込まれるどころか、産業界の競争力を脅かすおそれがでてきてしまいます。
現在のところ、世界規模での一斉導入には至っていないため、国が導入しているかどうかで国内事業活動において、自社取引や利益、市場シェアを他国の競合企業に奪われてしまう可能性があります。
このように炭素税が招く想定範囲内外の結果からも、世界規模での導入がされていない理由がうかがえます。
炭素税導入の議論
2022年度に行われた税制改正でも炭素税の導入は見送られました。
2023年度以降の導入を目指して調整が進められているとされますが、具体的な時期は未定のままです。
前述したあらゆるデメリットを踏まえ、メリットももちろんある炭素税の導入ですが、日本では実際にどのような意見があるのでしょうか?
導入を支持する意見
炭素税導入をすることで期待できる最も大きなメリットとして、企業や個人を問わず、地球温暖化対策に協力できることでしょう。
値段が高くても環境負荷の少ない商品を購入したり、自家発電や排出削減に熱心な企業の債券や株式を積極的に購入するといった国民の意識も高まっています。
炭素税という形で間接的に貢献し、自分たちのCO2排出可視化への意識が高まるという点で導入を支持する意見が下記のように挙げられます。
地球温暖化対策へ行動を促すことができる:課税によって金銭的な影響が出るため、支出を抑えるために環境負荷の少ない行動をしようとする意識が働きます。課税という可視化によって、問題を自分事にすることができます。
課税対策として省エネ効果のある製品が普及できる:炭素税が導入されることで、省エネ対策製品を開発する企業が優遇できるほか、消費者側も課税をおさえるために購買意欲が高まることが予想されます。
再生可能エネルギーなどの新エネ導入を推進できる;現在日本は、化石燃料を使用しない発電はまだまだ普及拡大途中です。課税によって得られた収益の多くは、新たな温暖化対策技術に使われます。税収入を活用して新しいエネルギー開発を進めることは、根本的なCO2削減につながります。
現代社会のさまざまな課題の解決につながる:炭素税の用途を社会政策と組み合わせることは、社会保障・福祉に財源を充てたり、低所得者層に再配分されるような仕組みをつくることも可能にします。
他の税金に比べて環境税・炭素税は用途に柔軟性があるため、幅広く還元できるでしょう。
導入に反対する意見
また、炭素税の導入に反対する意見は企業に限らず消費者側にもあります。
冒頭のデメリットで述べたように、
低所得者層に負担がかかる:炭素税が上乗せされると製品やサービスの価格が高くなり、また消費税のように一律に課税されるので、所得が低い層ほど負担が大きくなります。さらに課税されにくい省エネ商品などに簡単にアクセスできないと、長期的に見て高所得者層との課税の差は開いてしまい、家計を圧迫すると予想できます。
国内産業の空洞化につながる可能性がある:国内の産業活動に炭素税をかけると、炭素税が未導入な海外を拠点にして活動する動きが促進されてしまう可能性が高まります。また、国内で規制をかけたとしても、規制がない国でCO2を大量に排出していたら脱炭素化に対し全く意味がありません。
産業界の成長を止めるおそれがある:炭素税の導入は、鉄鋼産業や化学業界などに大きなビジネスダメージを与えます。理由として、国内の事業活動はいまだに輸入化石燃料に頼り続けているため、上記の産業界は炭素税の影響を特に受けやすいです。
もともとエネルギーコストが高いにも関わらず、さらに課税される日本のものづくりを支える業界にとってはかなり厳しくなります。
このような背景から、炭素税の導入については消費者含め産業界の反対の意見が多く、検討のままで止まっています。
今後導入するのであれば、どのように産業界の成長とCO2の削減を両立していくか、また国民の生活に悪影響を及ぼさないような工夫が求められます。