現代社会において、企業が持続的な成長を遂げるためには、経済的な側面だけでなく、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)への配慮、すなわちESG経営が不可欠な要素となっています。
特に、私たちの生活や経済活動を支える根幹である物流業界は、その事業特性上、環境負荷や労働環境といった課題に直面しやすく、ESGへの取り組みが強く求められています。
この記事では、物流業界におけるESG経営の基礎知識から、国内外の先進的な企業が実践する具体的な取り組み事例、そしてそれらがもたらす成果に至るまで、初心者の方にも分かりやすく、かつ深く掘り下げて解説します。物流の未来を左右するESG経営の今とこれからを、一緒に見ていきましょう。
物流業界におけるESG経営の基礎知識
近年、世界的に企業の社会的責任に対する意識が高まる中、「ESG経営」という言葉を耳にする機会が増えました。これは、短期的な利益追求だけでなく、長期的な視点から企業価値を持続的に向上させるための経営アプローチです。特に物流業界は、CO2排出量の多さや労働力不足といった構造的な課題を抱えており、ESGの観点を取り入れた経営改革が急務とされています。
このセクションでは、まずESGとは何か、そしてそれが物流業界にとってなぜ重要なのか、その基本的な関係性から解き明かしていきます。
物流とESGの関係性
ESGとは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)という3つの英単語の頭文字を組み合わせた言葉です。企業が持続的に成長していくためには、これら3つの要素を経営戦略に統合し、実践していく必要があるという考え方を示しています。環境面では、地球温暖化対策や資源の有効活用、生態系の保護などが挙げられます。社会面では、従業員の労働環境改善、人権尊重、地域社会への貢献などが求められます。そしてガバナンス面では、透明性の高い経営体制の構築、法令遵守、リスク管理の徹底などが重要となります。
このESGのフレームワークは、物流業界と極めて深い関係性を持っています。物流は、製品やサービスを生産者から消費者へ届けるという経済活動に不可欠な役割を担う一方で、そのプロセスにおいて様々な環境的・社会的課題を生じやすい特性があります。例えば、トラックや船舶、航空機など輸送手段の多くは化石燃料に依存しており、大量の温室効果ガスを排出します。また、物流センターや倉庫では、照明や空調、冷凍・冷蔵設備などで多くのエネルギーを消費します。さらに、ドライバーの長時間労働や人手不足、サプライチェーンにおける人権問題なども、物流業界が抱える深刻な社会的課題として認識されています。
これらの課題に真摯に向き合い、ESG経営を積極的に導入することは、単に企業の社会的責任を果たすという側面に留まりません。エネルギー効率の改善によるコスト削減、従業員の働きがい向上による生産性向上や人材確保、そして環境配慮型企業としてのブランドイメージ向上による顧客や投資家からの信頼獲得など、企業自身の持続的な成長と競争力強化にも直結するのです。物流業界にとって、ESGへの取り組みは避けて通れない道であると同時に、新たな価値創造の機会でもあると言えるでしょう。
ESG経営が物流企業にもたらす価値
ESG経営は、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の三つの側面を重視し、これらを経営戦略の中核に据えることで、企業の持続可能な成長と企業価値の向上を目指す経営手法です。近年、投資家が企業を評価する際にも、従来の財務情報だけでなく、ESGへの取り組み状況といった非財務情報を重視する傾向が強まっており、物流企業にとってもESGは無視できない重要なテーマとなっています。
物流業界は、経済活動の動脈として社会に不可欠な役割を担う一方で、その事業活動が環境に与える影響が大きいことや、労働集約的な側面から社会的な課題も抱えやすい業種と認識されています。そのため、ESGの視点を取り入れた経営を実践することは、業界全体の課題解決に貢献するとともに、個々の企業にとっても多大な価値をもたらします。
具体的に、ESG経営が物流企業にもたらす価値としては、まず「企業イメージの向上」が挙げられます。環境負荷低減への積極的な取り組みや、従業員の働きがいを重視した労働環境の整備は、顧客や地域社会からの信頼を高め、企業のブランド価値向上に繋がります。これは、BtoB取引が中心となる物流業界においても、荷主企業からの選定理由として重要視されるポイントとなり得ます。
次に、「人材の確保・定着」への貢献も大きな価値です。特に若い世代を中心に、社会貢献意識の高い人材が増えており、ESGやSDGs(持続可能な開発目標)に積極的に取り組む企業は、採用競争において有利になります。また、働きやすい環境を提供することで、従業員の満足度向上や離職率低下にも繋がり、深刻化する人手不足問題への対策としても有効です。
さらに、「投資家からの評価向上」も期待できます。ESG投資は世界的に拡大しており、ESGへの取り組みを積極的に開示し、成果を上げている企業は、投資家からの資金調達や新たな事業提携の機会を得やすくなります。これは、企業の成長戦略を加速させる上で大きなアドバンテージとなるでしょう。
また、ESGはSDGsとも密接に関連しています。SDGsが2030年までに達成すべき世界共通の「目標」であるのに対し、ESGは企業がその目標達成に貢献するための具体的な「手段」や「考え方」と位置づけられます。例えば、物流業界におけるCO2排出削減の取り組みはSDGsの目標13「気候変動に具体的な対策を」に、働き方改革は目標8「働きがいも経済成長も」に貢献します。企業は、SDGsという大きな目標を見据えながら、ESGのフレームワークを通じて具体的な行動を起こしていくことが求められています。
このように、ESG経営は単なる社会貢献活動ではなく、物流企業の持続的な成長と安定性を支える「攻めの経営戦略」と捉えることができます。大手企業だけでなく、中小の物流企業においても、ESGへの取り組みは他社との差別化を図り、将来にわたって選ばれ続けるための重要な要素として、その注目度はますます高まっています。
環境(E)に関する物流業界の取り組み事例
物流業界がESG経営を推進する上で、最も注目され、かつ喫緊の課題とされているのが「環境(Environment)」への対応です。トラック輸送を中心とする物流活動は、CO2排出量が産業全体の大きな割合を占めることもあり、環境負荷の低減は避けて通れないテーマです。
このセクションでは、物流企業が具体的にどのような環境対策を講じているのか、「輸送」と「施設」という二つの主要な側面から、具体的な取り組み事例を詳しくご紹介します。これらの取り組みは、地球環境の保全に貢献するだけでなく、企業のコスト削減や効率化にも繋がる可能性があります。
輸送におけるCO2削減策
物流業界におけるESG経営、特に環境(E)側面での取り組みにおいて中心的な課題となるのが、輸送過程におけるCO2(二酸化炭素)排出量の削減です。商品の移動に不可欠なトラック、船舶、航空機などの輸送モードは、その動力源の多くを化石燃料に依存しているため、環境負荷の低減が強く求められています。この課題に対応するため、「グリーンロジスティクス」という考え方が重視されています。これは、地球温暖化の主要因である温室効果ガスの排出量を抑制し、環境負荷の少ない持続可能な物流システムの構築を目指す一連の取り組みを指します。
グリーンロジスティクスを推進するための具体的な方策は多岐にわたりますが、まず挙げられるのが「エコドライブの推進」です。これは、急発進や急加速を避ける、経済速度を保つ、アイドリングストップを徹底するなど、燃費効率を高める運転技術をドライバーに教育し、実践させることで、無駄なエネルギー消費とCO2排出を抑制するものです。特別な設備投資を必要とせず、意識改革と継続的な教育によって効果が期待できるため、多くの企業で導入されています。
次に、「モーダルシフトの推進」も重要な戦略です。これは、長距離輸送や大量輸送において、トラック輸送から、よりCO2排出量の少ない鉄道輸送や船舶輸送へと転換する取り組みを指します。例えば、国土交通省のデータによれば、トンキロあたりのCO2排出原単位で比較すると、2021年度実績で鉄道輸送はトラック輸送の約1/11、船舶輸送(内航海運)は約1/26にまでCO2排出量を削減できるとされています。リードタイムやコスト、利便性とのバランスを考慮しながら、最適な輸送モードを選択することが求められます。
さらに、「低公害車(グリーンエネルギー車)の導入」も活発化しています。具体的には、走行時にCO2を排出しないEV(電気自動車)トラックやFCV(水素燃料電池車)トラック、あるいはバイオ燃料を使用する車両などの導入が進められています。車両価格やインフラ整備(充電設備や水素ステーションの普及など)の課題は依然として存在しますが、技術開発の進展とともに、都市部でのラストワンマイル配送などを中心に導入事例が増えています。
効率的な輸送体制の構築という観点からは、「ミルクラン方式の導入」や「共同配送の活用」も効果的です。ミルクラン方式とは、一台のトラックが複数の供給元を巡回して部品や商品を集荷し、納品先へ輸送する方式で、個別のサプライヤーがそれぞれ納品する場合に比べてトラックの走行距離や台数を削減できます。また、共同配送は、複数の荷主企業が同じ方面への配送業務を共同で行うことで、トラックの積載効率を向上させ、車両台数を減らす取り組みです。これにより、CO2排出量の削減はもちろん、物流コストの低減やドライバー不足の緩和にも繋がります。
これらの輸送におけるCO2削減策は、環境負荷の軽減に直接的に貢献するだけでなく、燃料費の削減、輸送効率の向上、そしてドライバーの労働環境改善といった副次的な効果も期待できるため、企業経営の観点からもメリットの大きい施策と言えるでしょう。また、荷物を保護するための反復利用可能な梱包材の使用や、AIを活用した最適な配送ルートの算出による積載効率の最大化なども、環境負荷をさらに軽減するための有効な手段として注目されています。
物流施設の環境配慮設計
輸送過程におけるCO2排出削減と並んで、物流施設そのものの環境配慮もESG経営における重要な柱です。大規模な物流倉庫や配送センターは、24時間体制で稼働することも多く、照明、空調、冷凍・冷蔵設備などで大量の電力を消費します。そのため、これらの施設におけるエネルギー効率の向上と再生可能エネルギーの活用は、環境負荷低減に大きく貢献します。近年、多くの物流企業やデベロッパーが、環境性能に優れた次世代型の物流施設の開発・導入に力を入れています。
代表的な取り組みの一つが、「太陽光発電システムの導入」です。広大な面積を持つ物流施設の屋根は、太陽光パネルの設置に適しており、発電した電力を施設内で自家消費することで、電力会社からの購入電力量を削減し、CO2排出量の抑制に繋がります。余剰電力が発生した場合には売電することも可能であり、エネルギーコストの削減と収益確保の両面でメリットがあります。災害時などには非常用電源としての活用も期待できるため、BCP(事業継続計画)対策としても有効です。
照明設備の省エネ化も進んでいます。従来の蛍光灯や水銀灯から「LED照明への切り替え」は、消費電力を大幅に削減できるだけでなく、ランプの長寿命化により交換の手間や廃棄物を減らす効果もあります。さらに、人感センサーや昼光センサーと連動させた「自動調光システムの導入」により、必要な場所に必要な明るさを提供し、無駄な電力消費を徹底的に排除する動きも広がっています。
建物の設計段階から環境負荷を低減する工夫も凝らされています。「高断熱構造の採用」や「自然換気・自然採光システムの導入」は、冷暖房に必要なエネルギー消費を抑制するために有効です。屋上緑化や壁面緑化は、断熱効果を高めるとともに、ヒートアイランド現象の緩和にも貢献します。
近年では、これらの省エネ技術を高度に組み合わせ、年間の一次エネルギー消費量の収支をゼロにすることを目指す「ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)」認証を取得した物流施設の開発も進んでいます。これには、高い断熱性能を持つ建材の使用、高効率な空調・照明設備の導入、そして太陽光発電などの再生可能エネルギー設備の積極的な活用が不可欠です。ESRや日本GLPといった大手物流不動産デベロッパーは、ZEB認証倉庫の開発に積極的に取り組んでおり、環境性能の高さをアピールポイントとしています。
これらの物流施設における環境配慮設計は、CO2排出量の削減という直接的な環境効果だけでなく、光熱費の削減によるランニングコストの低減、従業員の労働環境改善(例えば、自然光を取り入れた明るく快適な作業空間の提供)、そして環境配慮型施設としての企業価値向上にも繋がります。ESG投資を重視する投資家からの評価を高める上でも、こうした目に見える形での環境への取り組みは非常に重要な要素となっています。
社会(S)とガバナンス(G)の実践例
ESG経営を構成する三つの柱のうち、環境(E)への取り組みと並んで、あるいはそれ以上に企業の本質的な持続可能性を左右するのが「社会(Social)」と「ガバナンス(Governance)」への配慮です。物流業界は、多くの人々の労働力によって支えられている産業であり、人手不足や長時間労働といった社会的な課題が長らく指摘されてきました。また、サプライチェーン全体の透明性や公正性を担保するための企業統治のあり方も問われています。
このセクションでは、物流企業が従業員や地域社会、そしてサプライチェーン全体に対して、どのような社会的責任を果たそうとしているのか、また、それを支える強固なガバナンス体制をいかに構築しているのか、具体的な実践例を通じて解説します。
労働環境改善の具体策
物流業界は、私たちの生活や経済活動を支える上で不可欠な役割を担っていますが、その一方で、ドライバーの長時間労働や厳しい労働条件、そしてそれに起因する深刻な人手不足といった課題に長年直面してきました。特に、2024年4月からトラックドライバーに対して時間外労働の上限規制が適用された、いわゆる「2024年問題」は、物流業界全体の働き方を根本から見直す大きな契機となっています。
こうした背景のもと、ESG経営における「S(社会)」の観点から、従業員の健康と安全を守り、働きがいのある環境を整備し、安定した雇用を維持・確保することは、企業の社会的責任を果たす上で極めて重要であり、かつ持続可能な物流インフラを構築するための鍵となります。これらの取り組みは、SDGs(持続可能な開発目標)の目標8「働きがいも経済成長も」や目標3「すべての人に健康と福祉を」といった目標達成にも直接的に貢献します。
まず、最優先で取り組むべきは「長時間労働の是正」です。時間外労働の上限規制を遵守することはもちろん、それ以上に、従業員一人ひとりが心身ともに健康で働き続けられるよう、勤務時間や休憩時間の適切な管理、連続運転時間の制限などを徹底する必要があります。そのためには、勤怠管理システムの導入による労働時間の正確な把握、AIを活用した最適な配送ルートの策定による無駄な走行時間の削減、荷役作業の機械化・自動化によるドライバーの負担軽減など、テクノロジーの活用も有効です。
次に、「多様な働き方の推進」も重要なテーマです。従来の画一的な働き方だけでなく、例えば、育児や介護と両立しやすい短時間勤務制度やフレックスタイム制度の導入、テレワークが可能な業務におけるリモートワークの推進などが考えられます。また、中継輸送の導入や共同配送の拡大により、一人のドライバーが担当する運転距離を短縮し、日帰り運行を可能にするなど、働き方の選択肢を増やす工夫も求められています。
「事業継続計画(BCP)としての労務安定化」も、近年の自然災害の頻発化やパンデミックの経験から、その重要性が再認識されています。災害時や感染症拡大時においても物流機能を維持するためには、従業員の安全確保を最優先としつつ、代替輸送手段の確保、応援体制の構築、そして柔軟な勤務体制への移行などを事前に計画しておく必要があります。これは、従業員の生命と健康を守ると同時に、社会インフラとしての物流の使命を果たすためにも不可欠です。
さらに、「ダイバーシティ&インクルージョンの推進」も、ESGの「S」の観点から注目されています。性別、年齢、国籍、障がいの有無などに関わらず、多様な人材がそれぞれの能力を最大限に発揮し、安心して働くことができる職場環境づくりが求められています。女性ドライバーや高齢ドライバーの積極的な採用と活躍支援、外国人労働者に対する言語サポートや生活支援の充実は、労働力不足の解消に貢献するだけでなく、組織全体の活性化やイノベーションの創出にも繋がると期待されています。
こうした労働環境改善への取り組みは、短期的にはコスト増となる側面もあるかもしれませんが、長期的には従業員のエンゲージメント向上、生産性の向上、離職率の低下、そして企業イメージの向上を通じて、企業価値の向上に大きく貢献します。何よりも、物流を支える「人」を大切にする姿勢こそが、変化の激しい時代において「選ばれる物流企業」となるための最も重要な基盤となるでしょう。企業はまず、自社の物流現場の実態を正確に把握し、従業員の声に耳を傾けながら、具体的かつ効果的な改善策を着実に実行していくことが求められます。
透明性の高い企業統治
物流業界におけるESG経営の推進において、環境(E)や社会(S)への取り組みを実効性のあるものとし、ステークホルダーからの信頼を確固たるものにするためには、その土台となる「ガバナンス(G)」の強化が不可欠です。透明性が高く、公正かつ迅速な意思決定が行える企業統治体制を構築することは、不正行為のリスクを低減し、企業価値の持続的な向上に繋がります。また、社会からの要請に応え、サプライチェーン全体での倫理的な行動を促す上でも、ガバナンスの役割は極めて重要です。
社会面(Social)における取り組みとガバナンスは密接に関連しています。例えば、「地域社会との連携強化」は、物流企業が社会の一員として責任を果たす上で重要な活動です。物流は人々の生活を支える社会インフラであり、その機能を安定的に提供し続けるためには、地域社会との良好な関係構築が欠かせません。
具体的な取り組みとしては、自治体との間で災害時応援協定を締結し、災害発生時には物流施設を避難所や救援物資の保管・配送拠点として提供する動きが広がっています。また、地域の清掃活動への参加や、地元の学校と連携した物流体験学習の実施なども、地域貢献の一環として行われています。
「従業員の安全・健康管理の徹底」も、社会的な責任を果たす上で、そして強固なガバナンス体制を示す上で重要です。労働安全衛生マネジメントシステム(ISO45001など)の認証取得、定期的な安全パトロールの実施、ヒヤリハット事例の収集と分析を通じた再発防止策の徹底、そして全従業員に対する健康診断の実施やメンタルヘルスケアの提供など、働く人々が心身ともに健康で、安全に業務に従事できる環境を整備することが求められます。これらの取り組みは、労働災害の未然防止だけでなく、従業員のモチベーション向上や生産性向上にも繋がります。
さらに、現代の物流は一企業だけで完結するものではなく、「サプライチェーン全体での協力体制の構築」が不可欠です。荷主企業、物流事業者、納品先企業など、サプライチェーンに関わる全てのプレーヤーが、人権尊重、環境配慮、公正な取引といったESGの価値観を共有し、一体となって持続可能な仕組みを構築していく必要があります。これには、各企業が自社の取り組み状況を透明性をもって開示し、サプライヤーに対してもESGへの協力を働きかけるといったガバナンス上のリーダーシップが求められます。例えば、モーダルシフトの推進や輸送リードタイムの最適化は、荷主企業の理解と協力なしには実現が困難です。
ガバナンス面(Governance)においては、まず「情報開示の徹底」が基本となります。財務情報だけでなく、CO2排出量、エネルギー消費量、労働災害発生状況、女性管理職比率といった非財務情報を積極的に開示する姿勢が求められます。多くの企業が、統合報告書やサステナビリティレポートを発行し、自社のESGへの取り組み状況と成果を具体的に報告しています。これにより、投資家や顧客、地域社会といったステークホルダーは、企業の持続可能性を多角的に評価することができます。
「コンプライアンス体制の整備と徹底」も、ガバナンスの根幹です。関連法規の遵守は当然のことながら、企業倫理に基づいた行動規範を策定し、全従業員に周知徹底することが重要です。内部通報制度(ホットライン)の設置と適切な運用、ハラスメント防止研修の実施、贈収賄防止に関する規程の整備など、不正行為や倫理違反を未然に防ぎ、万が一発生した場合にも迅速かつ適切に対応できる体制を構築する必要があります。
経営の意思決定における透明性と客観性を高めるためには、「取締役会の構成と機能の強化」も欠かせません。社外取締役の積極的な登用や、ジェンダーや国籍、専門性といった観点からのダイバーシティを意識した取締役会の構成は、多様な視点からの議論を促し、より適切な経営判断に繋がると期待されます。また、取締役会の中にサステナビリティ委員会を設置し、ESG戦略の進捗を監督する企業も増えています。
最後に、「リスクマネジメント体制の強化」も、現代の企業経営において極めて重要です。自然災害、パンデミック、地政学的リスク、サイバー攻撃、レピュテーションリスクなど、企業を取り巻くリスクは多様化・複雑化しています。これらのリスクを事前に特定・評価し、適切な対応策を講じるとともに、万が一リスクが顕在化した場合の事業継続計画(BCP)を策定・運用していくことが、信頼される企業統治の証となります。
これらの社会面(S)およびガバナンス面(G)における取り組みは、一見すると直接的な利益には結びつきにくいように思えるかもしれません。しかし、これらは企業が社会からの信頼を得て、長期的に存続し成長していくための土台そのものです。法令遵守という最低限のラインを超えて、地域社会、従業員、取引先、そして投資家といった全てのステークホルダーから「選ばれる企業」となるために、物流業界においても、より積極的かつ戦略的なESG経営の実践が一層求められていくでしょう。
ESG経営成功企業の具体的事例分析
ESG経営の重要性が広く認識されるようになり、実際にその取り組みを通じて大きな成果を上げている物流企業が国内外で増えつつあります。これらの企業は、ESGを単なるコストや義務として捉えるのではなく、新たな事業機会の創出や競争優位性の確立、そして企業価値の持続的な向上を実現するための「成長戦略」と位置づけています。
このセクションでは、具体的な企業名を挙げながら、彼らがどのようなESG戦略を掲げ、いかなる取り組みを実践し、そしてそれがどのような成果に結びついているのかを分析します。これらの成功事例から、他の物流企業が学ぶべき教訓や、自社のESG経営を推進する上でのヒントを探ります。
国内物流企業の成功例
日本国内においても、ESG経営に積極的に取り組み、環境負荷の軽減と企業価値の向上を両立させている物流企業が数多く登場しています。これらの企業は、独自の創意工夫や他社との連携を通じて、物流業界特有の課題解決に挑戦し、具体的な成果を上げています。ここでは、特にカーボンニュートラルの達成に向けた野心的な取り組みや、輸送効率の大幅な改善に成功した企業の事例を紹介し、その成功要因を考察します。
例えば、ある大手食品メーカーは、自社製品の輸送における環境負荷低減を目指し、鉄道貨物輸送会社や他の運送事業者と連携した画期的な共同物流スキームを構築しました。具体的には、従来、農産物の輸送後に空の状態で回送されていた鉄道コンテナを有効活用し、自社のペットボトル飲料などの製品輸送に充てるというものです。この取り組みにより、特定の輸送区間においては、トラック輸送と比較してCO2排出量を大幅に削減することに成功しました。
この事例のポイントは、自社単独では解決が難しい課題に対して、サプライチェーンに関わる複数の企業が知恵を出し合い、互いのリソースを有効活用することで、環境負荷削減と輸送効率化を同時に達成した点にあります。これは、業界の垣根を越えた連携がESG経営の推進に不可欠であることを示唆しています。
また、別の大手電機メーカー系の物流子会社では、顧客からの多様な輸送ニーズに対応しつつ、環境負荷を低減するために、複数の輸送モードを柔軟に組み合わせることができる高度な輸送管理システムを導入・運用しています。
このシステムは、荷物の種類、量、緊急度、そして顧客の希望納期やコスト制約などを総合的に勘案し、トラック輸送、鉄道輸送、航空輸送、海上輸送といった選択肢の中から最適な組み合わせを自動的に提案します。
これにより、例えば長距離輸送においては積極的に鉄道や船舶を利用するモーダルシフトを推進しつつ、緊急性の高い貨物には航空輸送を選択するなど、状況に応じた最適な輸送戦略を実行できます。
さらに、この企業は、全国に点在していた物流センターの統廃合を進め、ハブとなる大規模拠点に機能を集約することで、拠点間の横持ち輸送を削減し、保管効率も向上させました。加えて、複数のサプライヤーからの部材調達において共同輸送を積極的に展開することで、トラックの積載効率を高め、首都圏エリアにおける輸送関連のCO2排出量を顕著に削減したと報告されています。この事例から学べるのは、先進的なITシステムの活用と、物流ネットワーク全体の最適化という視点が、環境負荷低減と経営効率向上の両立に不可欠であるという点です。
これらの国内企業の成功例は、ESGの視点を物流オペレーションの細部にまで組み込むことで、単に環境規制に対応するだけでなく、新たな競争優位性を確立できる可能性を示しています。
CO2排出量の削減は、燃料コストの削減に直結することも多く、環境への配慮が経済的なメリットにも繋がる好循環を生み出しています。
今後、荷主企業が物流事業者を選定する際に、こうしたESGへの具体的な取り組みとその成果を重視する傾向はますます強まると予想され、積極的に情報開示を行い、実績を積み重ねる企業が「選ばれる物流企業」として市場での評価を高めていくことでしょう。
海外物流企業からの学び
グローバルに事業を展開する海外の大手物流企業の中には、早くからESG経営の重要性に着目し、野心的な目標を掲げて先進的な取り組みを推進し、具体的な成果を上げている企業が少なくありません。
これらの企業の事例は、日本企業が今後のESG戦略を策定・実行する上で、多くの貴重な示唆を与えてくれます。ここでは、特に環境(E)と社会(S)の両面で注目すべき活動を行っている代表的な海外物流企業の取り組みを紹介し、その成功の背景にある要因や、日本企業が取り入れるべき視点について考察します。
ドイツに本拠を置く世界最大級の国際物流企業であるDHLグループは、気候変動対策を経営の最重要課題の一つと位置づけ、「2050年までにネットゼロ・エミッション(温室効果ガス排出量実質ゼロ)を達成する」という極めて意欲的な目標を掲げています。同社のCO2排出量の大部分を占めるのが航空輸送であることから、持続可能な航空燃料(SAF: Sustainable Aviation Fuel)の利用拡大に積極的に投資しています。
SAFは、廃食油や植物、都市ごみなどを原料として製造されるため、従来のジェット燃料と比較してライフサイクル全体でのCO2排出量を大幅に削減できると期待されています。
また、都市部におけるラストワンマイル配送においては、配達用車両の電動化(EV化)を強力に推進しており、2030年までにその比率を60%に高める目標を設定しています。
さらにユニークなのは、顧客企業が自社のサプライチェーンにおけるCO2排出量削減に貢献できる「GoGreen Plus」というサービスを導入している点です。これは、顧客が追加料金を支払うことで、その輸送にSAFを利用するなど、より環境負荷の低い輸送方法を選択できる仕組みであり、顧客を巻き込んだ形で脱炭素化を推進しようという姿勢がうかがえます。
一方、アメリカを拠点とする国際宅配便大手のUPSもまた、ESG経営の先進企業として知られています。同社は、2035年までに自社施設で使用する電力の100%を再生可能エネルギーで賄うといった具体的な中間目標を設定し、その進捗を定期的に公表しています。
また、持続可能な航空燃料(SAF)の活用にも積極的に取り組んでいます。既に、自社施設における再生可能エネルギーの導入比率向上や、EVトラックや天然ガス車といった代替燃料車両の導入台数増加において着実な成果を上げており、スコープ1(直接排出)、スコープ2(間接排出)、スコープ3(サプライチェーン排出)を合計した温室効果ガス排出量を着実に削減しています。
特筆すべきは、環境面だけでなく、社会面(S)における取り組みにも非常に力を入れている点です。DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン:多様性、公平性、包括性)の推進を組織文化の核に据え、女性やマイノリティの管理職登用目標を設定したり、従業員のボランティア活動を奨励したりしています。さらに、地域社会への貢献も重視し、従業員のボランティア活動の奨励や、教育支援、地域への投資などを通じて、社会全体のウェルビーイング向上を目指す活動を積極的に展開しています。
これらの海外物流企業の成功事例に共通して見られる要因は、第一に「ESGを経営戦略の中核に明確に位置付けている」ことです。単なるCSR活動の一環ではなく、事業成長と企業価値向上のためのドライバーとしてESGを捉え、トップコミットメントのもとで全社的に取り組んでいます。第二に、「具体的かつ測定可能な数値目標を設定し、その進捗状況を透明性をもって外部に開示している」ことです。
これにより、ステークホルダーからの信頼を獲得するとともに、組織内部のモチベーション向上にも繋げています。そして第三に、「環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)の三つの側面をバランス良く、かつ統合的に実践している」ことです。環境問題への対応だけでなく、従業員のウェルビーイング向上や地域社会への貢献、そして強固なガバナンス体制の構築といった多角的なアプローチが、企業の持続的な成長を支えています。
これらの事例から日本企業が学ぶべきは、ESGへの取り組みを短期的なコストとして捉えるのではなく、長期的な視点から「持続可能性と企業価値創造を両立させるための投資」と認識することの重要性です。そして、自社の事業特性や経営資源を踏まえつつ、野心的でありながらも実現可能な目標を設定し、その達成に向けた具体的なロードマップを描き、着実に実行していくこと。さらに、その過程と成果を積極的に発信していくことが、国内外のステークホルダーからの評価を高め、グローバル市場での競争力を強化する上で不可欠と言えるでしょう。



