持続可能な社会の実現を目指すSDGs（持続可能な開発目標）は、あらゆる業界にとって重要な指針となっています。
トラック運送業界においても、環境負荷の軽減、労働環境の改善、地域社会への貢献など、多面的な取り組みが求められており、これらの課題に積極的に対応することで、企業の競争力強化と持続的な成長の実現が期待されています。
本記事では、トラック運送業界が取り組むべきSDGs課題の分析から始まり、国内企業の具体的な成功事例、中小企業でも実践可能な導入ステップ、そしてSDGs対応によって生まれる新たなビジネス機会まで、幅広く解説していきます。
トラック運送業が取り組むべきSDGs課題と効果
現代のトラック運送業は、経済活動を支える重要な役割を担う一方で、CO₂排出量の問題、ドライバーの高齢化とそれに伴う後継者不足、そして深刻な人材確保の難しさなど、多岐にわたる課題に直面しています。
これらの課題は、2030年までの達成を目指す国際的な目標であるSDGs（持続可能な開発目標）と深く結びついており、企業がこれらの課題にどう取り組むかが、今後の持続可能性、さらには事業継続そのものに大きな影響を与えると言えるでしょう。
特に、SDGsの17の目標の中でも、「目標7：エネルギーをみんなにそしてクリーンに」、「目標8：働きがいも経済成長も」、そして「目標13：気候変動に具体的な対策を」といった目標への積極的な関与が、トラック運送業界全体の未来を方向づける鍵となります。これらの課題解決に向けた取り組みは、単なる社会貢献に留まらず、企業の競争力強化や新たな事業機会の創出にも繋がる重要な経営戦略と位置づけられます。
運送業界が直面する環境・社会課題とSDGsの関連性
トラック輸送は、我が国の国内物流における基幹的な役割を果たしており、日々の経済活動や国民生活を支える上で不可欠な社会インフラです。しかし、その活動の裏側では、使用される多くのトラック車両から排出される温室効果ガス、特に二酸化炭素（CO₂）の量が全産業の中でも比較的高い水準にあり、地球温暖化という深刻な気候変動問題への影響が指摘されています。
この課題に対応するため、SDGsの目標13「気候変動に具体的な対策を」に沿った、業界全体での脱炭素化に向けた具体的な行動計画の策定と実行が急務です。具体的には、燃費性能の高い車両への切り替え、電気トラック（EVトラック）や燃料電池トラック（FCVトラック）といった次世代環境対応車の導入検討、そして再生可能エネルギー由来の電力や燃料の利用促進などが挙げられます。これらは同時に、目標7「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」の達成にも貢献するものです。
さらに、トラックドライバーの長時間労働や、それに起因する健康問題、高い離職率といった労働環境に関わる問題も深刻です。これらは、働く人々の人間らしい生活とディーセント・ワーク（働きがいのある人間らしい仕事）の実現を目指す、SDGsの目標8「働きがいも経済成長も」に直接的に関連する重要な課題です。
労働時間の適正な管理、休憩施設の整備、多様な働き方の導入、そして公正な評価と待遇の実現などを通じて、ドライバーが安全かつ健康に、そして意欲を持って働ける環境を整備することが求められています。これらの環境問題や社会問題とSDGsとの関連性を深く認識し、具体的な対策を講じることで、トラック運送業界はより持続可能な運営体制へと転換し、社会からの信頼を得ていくことが可能になります。
SDGs対応による経営メリットと競争優位性
企業が環境問題への対応や労働環境の改善といったSDGsに関連する取り組みを積極的に行うことは、多くの経営上のメリットをもたらし、結果として競争優位性の確立に繋がります。例えば、環境負荷の低減に努める企業は、環境意識の高い荷主企業や一般消費者からの評価が高まり、取引先の選定において有利になる可能性が高まります。
また、環境規制が将来的に強化されるリスクにも早期に対応できるため、事業の継続性を高めることにも寄与します。実際に、CO₂排出量削減目標を掲げ、計画的に燃費の良い最新車両への代替やエコドライブを徹底した企業では、燃料コストの削減という直接的な経済効果も報告されています。これは、環境対策がコスト増に繋がるという短絡的な見方ではなく、長期的な視点で見れば経営効率の改善に貢献する好例と言えるでしょう。
同様に、働き方改革を推進し、従業員の満足度向上に努める企業は、優秀な人材の獲得競争において優位に立ち、かつ従業員の定着率向上を実現できます。ドライバーの定着率が高まれば、採用や教育にかかるコストを削減できるだけでなく、経験豊富なドライバーが増えることで輸送品質の向上や事故リスクの低減も期待できます。結果として、顧客満足度の向上にも繋がり、安定的な受注確保に貢献します。重要なのは、これらのSDGsへの取り組みを単なる慈善活動やイメージアップ戦略として捉えるのではなく、経営戦略の根幹に据え、事業活動と一体化させて推進することです。
このように、SDGsを経営の中核に組み込み、継続的に取り組む企業は、短期的なコスト負担を乗り越え、長期的な視点での企業価値向上と持続的な成長を実現しています。もはや、持続可能性への配慮は任意選択のオプションではなく、企業が市場で生き残り、競争力を維持・強化していくための必須要件となっているのです。
国内トラック運送企業の具体的なSDGs成功事例
日本のトラック運送業界においても、地球温暖化対策としての脱炭素化の推進や、喫緊の課題であるドライバー不足に対応するための人材確保および労働環境改善といったテーマに対し、SDGsの理念を取り入れた実効性のある施策が積極的に進められています。
国や自治体による補助金制度の活用や、業界団体が主導する横断的な実証実験なども後押しとなり、環境負荷の低減と働きやすさの向上という二つの側面で具体的な成果を上げている先進的な事例が各地で見られるようになってきました。これらの成功事例は、他の企業にとっても有益な示唆を与えてくれるでしょう。
ここでは、そうした多様な取り組みの中から、特に注目すべきテーマとして「環境対応型車両の導入とエコドライブの実践によるCO2削減」および「ドライバーの労働環境改善と採用強化」に焦点を当て、実際の企業がどのような戦略で成果を上げ、それがどのように業績向上にも結びついているのか、具体的な事例を通じて詳しく見ていきます。これらの事例は、大企業だけでなく、中小規模の運送事業者にとっても参考になるヒントが含まれているはずです。
環境対応型車両導入とエコドライブによるCO2削減事例
環境負荷低減への取り組みは、トラック運送業界におけるSDGs達成の柱の一つです。大手物流企業である日本通運株式会社は、この分野で先駆的な取り組みを行っています。
同社は、走行中にCO₂を一切排出しない水素燃料電池トラック（FCVトラック）を試験的に導入し、実運送での活用を進めています。FCVトラックの導入には、高額な初期コストが発生しますが、同社は経済産業省などが推進する「グリーン物流パートナーシップ会議」を通じた実証事業への参加や、関連する補助金制度を戦略的に活用することで、この課題に対応しています。
この取り組みは、将来的なゼロエミッション輸送の実現に向けた重要な一歩であり、業界全体の環境意識向上にも貢献しています。導入にあたっては、水素ステーションの整備状況や車両の航続距離、メンテナンス体制なども考慮に入れる必要があり、長期的な視点での計画が不可欠です。
また、車両そのものの環境性能向上だけでなく、運転方法の改善による効果も非常に大きいことが知られています。西濃運輸株式会社では、全ドライバーを対象としたエコドライブ研修を定期的に実施し、急発進・急加速・急ブレーキの回避、適切な車間距離の維持、アイドリングストップの徹底といった具体的な運転技術の指導を強化しています。
その結果、燃費の向上を達成し、燃料費の削減効果も生まれていると報告されています。この事例は、特別な設備投資をせずとも、従業員の意識改革と実践によって大きな環境負荷低減とコスト削減を両立できることを示しており、特に中小企業にとっては参考にしやすい取り組みと言えるでしょう。エコドライブの推進には、デジタルタコグラフ（運行記録計）のデータを活用し、個々のドライバーの運転特性を分析・フィードバックすることも有効です。
ドライバーの労働環境改善と採用強化につながった取り組み
トラック運送業界が抱えるもう一つの大きな課題は、ドライバーの労働環境の厳しさと、それに伴う人材不足です。
この問題に対し、SDGsの目標8「働きがいも経済成長も」の視点から、積極的に改善に取り組む企業が増えています。例えば、山陽自動車運送株式会社では、ドライバーが長距離・長時間の運転後に心身の疲労を効果的に回復できるよう、営業所内に快適な休憩施設を整備しました。これには、仮眠が取れる個室スペース、シャワールーム、リラックスできるラウンジなどが含まれており、ドライバーの健康維持と安全運行に貢献しています。
さらに、同社は最新の労働時間管理システムを導入し、各ドライバーの運転時間、休憩時間、残業時間などを正確に把握・管理することで、過重労働の防止と働き方の透明性向上を実現しました。これらの包括的な施策の結果、ドライバーの定着率向上や、求人に対する新規応募者の増加といった成果が得られているとされています。
これは、働きやすい環境を提供することが、結果的に人材の確保と定着に繋がり、企業の持続的な成長を支えることを明確に示しています。
このほかにも、女性や若年層のドライバーが働きやすい環境を整備する企業も増えています。例えば、更衣室やトイレなどの設備を男女別に充実させる、育児休業や時短勤務制度を導入する、キャリアパスを明確に示して将来の不安を軽減する、といった取り組みです。
また、経験の浅いドライバーに対するOJT（On-the-JobTraining）制度を手厚くしたり、メンター制度を導入して先輩ドライバーが新人をサポートする体制を整えたりすることも、早期離職を防ぎ、スキルアップを促進する上で効果的です。こうした地道な努力が、結果として従業員満足度を高め、サービスの質の向上、そして顧客からの信頼獲得へと繋がっていくのです。
中小トラック運送業でも実践できるSDGs導入ステップ
SDGsへの貢献は、必ずしも潤沢な資金や豊富な人材を持つ大企業だけのものではありません。むしろ、地域社会に密着し、小回りの利く経営が可能な中小規模のトラック運送事業者こそ、創意工夫によって効果的なSDGsの取り組みを実践し、その恩恵を享受できる可能性を秘めています。
もちろん、大手企業と比較して経営資源に制約があることは事実ですが、無理なく始められることから一歩ずつ着実に進めることで、環境負荷の軽減と社会貢献を両立させつつ、日々の業務の中にSDGsの考え方を自然な形で組み込んでいくことが重要です。コストを抑えながらも効果的な導入を実現するためには、自社の強みや特性を活かしたアプローチを検討することが鍵となります。
低コストで始められる環境対応と効果測定方法
中小トラック運送事業者がSDGsへの取り組みを始めるにあたり、比較的導入しやすく、かつ効果も期待できるのが、既存の設備や日々の業務プロセスを見直すことから着手する環境対応です。その代表例が、多くのトラックに搭載されているデジタルタコグラフ（デジタコ：車両の速度、走行時間、走行距離などを自動的に記録する装置）を最大限に活用したエコドライブの徹底的な推進です。デジタコから得られる詳細な走行データを収集・分析することで、個々のドライバーの運転傾向（急発進、急加速、急停止の頻度、アイドリング時間など）を客観的に把握できます。
このデータに基づき、具体的な改善点を指導したり、燃費の良い運転をしているドライバーを表彰したりするなど、意識向上と行動変容を促すことが可能です。実際に、こうした取り組みを導入した事業者の中には、特別な追加投資なしに燃費改善を達成し、燃料費の削減とCO₂排出量の抑制に成功した例も少なくありません。初期費用が懸念される場合は、デジタコの導入や高度な分析機能を持つシステムの利用に対して、国や自治体が提供する補助金制度や、月額料金で利用できるリース契約などを検討すると良いでしょう。
さらに重要なのは、これらの取り組みの成果を具体的に測定し、継続的に評価することです。例えば、月ごとの総燃料消費量、総走行距離、平均燃費、CO₂排出削減量（概算でも可）などを記録・集計し、目標値との比較や経時的な変化をグラフなどで可視化します。
これにより、取り組みの効果が一目で分かり、従業員のモチベーション維持にも繋がります。また、これらのデータを社内だけでなく、荷主企業や地域社会といった社外に対しても積極的に開示することで、環境意識の高い企業としての評価を高め、信頼関係の構築にも寄与します。数値による具体的な成果の提示は、SDGsへの貢献度をアピールする上で非常に有効な手段となります。
取引先・地域と連携したSDGs活動の進め方
環境負荷の低減に加え、地域社会や取引先との良好な関係を構築し、連携を深めることも、中小トラック運送事業者にとって重要なSDGs活動の一つです。
近年、特に都市部を中心に注目されているのが、複数の運送事業者が協力して行う「共同配送」の仕組みです。これは、特定の地域や特定の荷主に対して、複数の企業が荷物を持ち寄り、配送ルートや積載率を最適化することで、運行するトラックの台数を削減し、配送効率を大幅に向上させる取り組みです。
共同配送の実現には、参加企業間での情報共有システムの構築や、利益配分のルール作りなど、調整が必要な点も少なくありませんが、成功すれば個々の企業の負担を軽減しつつ、地域全体の交通量削減やCO₂排出量削減に大きく貢献できます。また、ドライバー一人ひとりの拘束時間の短縮にも繋がり、結果として労働環境の改善にも寄与する可能性があります。
さらに、企業が地域社会の一員として積極的に社会貢献活動に参加することも、SDGsの精神に合致する大切な取り組みです。例えば、事業所の周辺地域の清掃活動への定期的な参加、地元の学校と連携した交通安全教室の開催、災害時における物資輸送協力協定の締結などが挙げられます。
これらの活動は、直接的な利益には結びつきにくいかもしれませんが、従業員の地域社会への貢献意識を高め、企業のイメージアップや地域住民からの信頼獲得に繋がります。こうした活動を無理なく継続するためには、トップダウンだけでなく、現場の従業員からの意見やアイデアを積極的に吸い上げ、社内全体で取り組む体制を整えることが不可欠です。
また、行政機関や地域のNPO/NGO、同業他社といった外部のパートナーと積極的に連携し、知恵やリソースを共有することで、より広範で持続可能なSDGsの実践が可能となるでしょう。
SDGs対応で獲得できる新たなビジネス機会
SDGs（持続可能な開発目標）への積極的な対応は、企業が果たすべき社会的責任を全うするための重要な手段であると同時に、これからの時代において新たなビジネスチャンスを掴み、持続的な成長を遂げるための極めて有力な経営戦略でもあります。特に、環境負荷が課題とされやすい物流業界においては、社会全体の環境意識の高まりを背景として、サプライチェーン全体での持続可能性を重視する荷主企業が著しく増加しています。
これまでコストやスピードが最優先されがちだった運送サービスの選定基準に、「環境への配慮」や「社会への貢献」といった新たな尺度が加わりつつあるのです。たとえ中小規模のトラック運送会社であっても、こうした時代のニーズを的確に捉え、具体的な取り組みを通じて応えることで、競合他社との差別化を図り、結果として新たな取引先の開拓や大型契約の獲得といった具体的な成果に結びつけることが十分に可能です。
環境配慮型物流サービスへの需要と新規顧客開拓
近年、グローバルに事業を展開する大手メーカーや、消費者に身近な小売業者を中心に、自社の事業活動だけでなく、原材料の調達から製品の製造、輸送、販売、そして廃棄に至るまでのサプライチェーン全体における環境負荷低減や人権尊重を重視する動きが加速しています。
これは、投資家が企業の環境（Environment）・社会（Social）・ガバナンス（Governance）への取り組みを評価する「ESG投資」の拡大や、消費者自身の環境意識・社会意識の向上とも深く関連しています。
その結果、これらの荷主企業は、輸送を委託する運送会社に対しても、よりCO₂排出量の少ない輸送モードの選択や、具体的な環境対策の実施状況などを求めるようになってきました。
例えば、電気トラックやバイオ燃料車といった低公害車の導入状況、エコドライブの徹底度合い、再生可能エネルギーの利用実績などを開示し、環境負荷の少ない物流サービスを提供できる運送会社には、新たな商機が確実に広がっています。
実際に、積極的にエコドライブの推進や最新の低公害車両への投資を行った中小規模の運送事業者が、これまで取引のなかった大手企業から「環境配慮型物流」を必須条件とする新規契約を獲得したという事例も全国で報告されています。このような動きは、国土交通省などが主導する「グリーン物流パートナーシップ会議」のような官民連携の取り組みによっても後押しされており、今後ますます加速していくことが予想されます。
自社が提供する物流サービスが、顧客企業のESG評価向上やCSR（企業の社会的責任）目標の達成に貢献できることを具体的にアピールできれば、それは強力な競争優位性となり、新規顧客の獲得だけでなく、既存顧客との関係強化にも繋がるでしょう。
補助金・認証取得による経営基盤強化の方法
SDGsに関連する先進的な取り組み、特に環境性能の高い車両の導入や省エネルギー設備の設置、あるいは労働環境改善のためのシステム導入などを効果的に進めるためには、ある程度の初期投資や継続的な費用が必要となる場合が少なくありません。
多くの中小企業にとって、こうした資金負担は決して軽視できない経営課題です。
しかし、国や地方自治体は、企業のこうした前向きな投資を支援するために、多種多様な補助金や助成金制度を用意しています。
例えば、燃費性能に優れた最新鋭のトラックや電気トラック（EV）、ハイブリッドトラックの導入に対しては、「中小企業等事業再構築促進補助金」の一部や、各省庁・自治体が提供する環境関連の補助金が活用できる可能性があります。また、事務所や倉庫におけるLED照明への切り替え、太陽光発電システムの設置といった省エネルギー設備投資に対しても、手厚い支援策が講じられています。これらの制度を上手く活用することで、初期投資の負担を大幅に軽減しながら、持続可能な事業運営に不可欠な設備環境の近代化・高度化を着実に進めることが可能です。
さらに、外部の第三者機関から「グリーン経営認証」や環境マネジメントシステムの国際規格である「ISO14001」といった認証を取得することも、経営基盤の強化に大きく貢献します。これらの認証は、企業が環境保全に対して高い意識を持ち、具体的な行動を実践していることの客観的な証明となり、荷主企業や金融機関、さらには地域社会からの信頼性や社会的評価を大きく向上させる効果があります。認証取得のプロセスを通じて、社内の環境管理体制が整備され、従業員の環境意識が向上するといった副次的なメリットも期待できます。
これらの補助金制度の利用や認証取得にあたっては、申請手続きが煩雑であったり、一定の基準を満たす必要があったりするため、専門家（中小企業診断士、行政書士など）の助言を受けながら、自社の状況に合わせて段階的かつ計画的に取り組むことが成功への重要な鍵となります。
